「誤送2」Beta Written by whitecaps ◆この小説を読むに当たっての注意 ・この小説はまだ執筆中のものです。まだシナリオや設定、語りにおかしな所があるかもしれません。また、執筆が完了するより早く不完全な状態のまま公開するものという意味でこれをBeta(ベータ)と名付けていますが、実際に世間で使われているこの言葉の用法とはこれは異なるかもしれません。 ・この物語はフィクションです。文中に出てくる組織名・人物名などは実在のものではありません。また、この物語はエンターテイメント性を重視して書かれています。この物語中に出てくる主義・主張は一切実際の作者の主義とは関わりありません。 ・『誤送2』はwhitecapsの自作中編小説『誤送されてきた手紙』の増補版です。続編ではありません。 ・この小説の著作権は作者に帰属します。 ### ――10年前―― その日暁《あかつき》は4人の家族と一緒に自動車に乗っていた。父親と、母親と妹と暁の4人だ。4人は暁の親の実家で楽しくてのんびりした時間を過ごし、ちょうどUターンラッシュのただ中高速道路を走っているところだった。暁は、まだ幼かった。 「おい、次のパーキングエリアで休もうか?」 父親がハンドルを握りながら言う。 「そうね。子供たちも退屈してるし、何かお店入って食べましょうよ。」 暁の母親も同意した。 「砂里《さり》、車の外までそのぬいぐるみ持って行っちゃダメよ。」 「えーっ?ヤダ。わたしクロン持ってくもん。絶対離さないもん。」 砂里はいやがった。 「もう、お義母さんったら。ぬいぐるみ買ってくれたのは良いけど、ここまで持ち運ぶなんてねえ。」 「おい、わがまま言わないで置いてけよ。車の外に出てる途中で落としたらどうするんだよ。」 暁は砂里を叱った。まだパーキングエリアは見えず、車はまだ高速を走っていた。 「フン。」 妹がまたぬいぐるみを抱いたときだった。前を向いた暁の目にいきなり反対車線から境を乗り越えた車が入ってきた。 「……あっ。」 一瞬だった。相手の車の運転席の顔が驚いているがガラス越しに見えたあと、真正面から相手の車が迫ってきた。 それは暁が生涯で聞いた中でもっとも大きな音だった。しかしなぜか今の暁の記憶にはこの音はない。暁にはそれは無音の一瞬に思えた。 二つの車は衝突し、暁は空中に放り出された。そして、地面にたたきつけられた。しばらくそのまま倒れていた暁がなんとか顔を起こし起き上がったとき、暁の視界にはめちゃくちゃに壊れた二台の車が見えた。それを見た暁が力尽きて目を閉じようとしたとき――、 「暁、暁!」 暁は母親の声で再び目を開いた。見ると母親が壊れた車の窓から顔と手を出している。 「か、母さん、早く車の中から逃げてよ。」 暁は母親のところに駆け寄った。車の一部は、燃え上がっていた。 「私、足挟まれてるの。逃げられないわ」 「砂里は……父さんは?」 暁の母親は顔を横に振った。その目には涙が溢れていた。母親は痛みをこらえながらいった。 「暁、もし母さんが……、死んでも、元気に生きなさいよ。どんなことがあっても、くじけちゃダメだからね――。あと、食事のあとは歯はちゃんと磨くのよ。あんたは歯が弱いんだから……いいわね……」 「かあさん……。」 事故によって道がふさがれたため、高速を走っていたあらゆる野次馬の車が事故現場に止まった。そしてそれらの車に乗っている人の中の数人が、車のそばで泣いている暁を見つけた。 「君、そんなところにいちゃ危ない。早く離れなさい」 「でも、母さんが……!」 「何いってるんだ。早く逃げるんだよ!」 その数人のおじさんたちは暁の肩をうしろから腕で組むと、無理矢理暁を車から離そうとした。 「母さん!かあさん!!」 暁は逆らったが、まだ幼い暁の体力では、それを拒むことも出来なかった。暁は車から離れたところまで連れて行かれた。そして、じき轟音と共に暁の家族の車は火に包まれた。 「母さん、砂里、父さん!」 爆発の衝撃で暁のところに、火をまとったものがとんできた。それはあの、妹のぬいぐるみだった。 ◆ ◆ ◆ ――そして今―― 「――ダルいなあ。」 暁《あかつき》は会社の昼休み、一人で会社のすぐ近くの公園で噴水の縁のコンクリに腰を下ろし、昼食をとっていた。その日は夏のような日差しが照りつける日で、昨日まで雨と共に数日続いていた寒さはどこに行ったのか驚くぐらいだった。噴水では子供達が数人水と戯れていた。水しぶきが飛び交い、淡い虹ができる。母親たちだろうか、近くの木陰の下のベンチで、帽子で顔を仰ぎながらとりとめのない会話をしていた。暁は近くのコンビニで買ったメロンパンの、食べ終えた後の空き袋を左手でクシャリとつぶしながら持ち、右手でコーヒー牛乳の紙パックを持ちながら、ストローでそれをすすっていた。遠くにカラスたちが道に散乱した食べかすをつついているのが見える。 ほんっと、ダルい。  暁はとある街に住んでいるソフトウェア会社に勤める新人の会社員だ。フルネームは虎部暁《とらべあかつき》。ついこのあいだに大学を卒業し、その業界では大手の会社に就職した。新たな気持ちでやる気を持って仕事を始めたか――といえばそうではなく、暁は早くも五月病にかかり、マンネリとした日々を送っていた。そして(こんなままじゃいけないよな)と悩みながらもそのマンネリから逃れる術は見つけられずにいた。  暁は会社などの周りの人から見れば非常に無愛想な感じを受ける性格だった。もっとも、昔からそういうわけではなかったが――。でもここでその説明を入れるのはやめよう。話が長くなるだろうから。  暁が昼休みの終わりに会社に戻ると、同僚たちとその上司は仕事が終わった後の飲み会の予定についてわいわいガヤガヤ相談していた。 「おう、虎部。今日飲み会顔出せよ。」 暁の同期の同僚の金井が言った。 「いや、おれはいいや。なんか、早く家に帰って寝たい気分だから」 「またかよ〜、つきあいわりいなあ。いつも一人だけ早く帰って何やってんだ? テレビゲームか? たまには外でパーッと遊んだらどうだ。今日飲み会の前にカラオケにも行くらしいぜ。俺がこのハスキーな声で『津軽海峡冬景色』歌ってみんなを驚かせてやる」 「なぜに津軽海峡……おまえ何歳だよ。」 暁が軽く引いていると、横で話を聞いていた課長のめがねが光った。 「虎部、いいか、うちの課の方針は『和をもって尊しとなす』だ。飲み会にはうちの課の人間は全員出なければいけない。これは業務命令だ!――っておい、聞いてんのか!」 「お疲れ様でした〜」 バタバタと書類をカバンにつっこむと暁はオフィスの部屋の押し扉を開いた。廊下から生ぬるい風が吹き抜けてくる。(省エネのため廊下には冷房が効いてないのだ。) そのまま生ぬるい空気に包まれたまま、暁は会社の門を出た。そして真夏を感じさせる陽光の中、駅を目指して人混みのなかに紛れていった。  暁は仕事に打ち込みかねていた。彼は新開発のソフトのインタフェース部分を担っていた。彼には悩みがあった。それはたとえばソフトはシンプルに作った方がいいのか、それとも多機能に作った方がいいのか、と言ったことだった。シンプルに作ればソフトは正確に動き、バグと呼ばれる不具合は少ない。しかし使いやすさを考えれば当然ソフトの設計は複雑になる。またマーケティングからせかされているユーザーの要望のことを考えればたくさんの機能を追加しなければいけないが、機能を追加すればするほどソフトの動作はのろく、複雑になる。それに加えて、同僚の多くは設定の度にダイアログボックスを開くインタフェースにしているが、暁はこれも気に入らなかった。彼はパレットをもっと活用したかったのだ。同僚達はパレットにはヘルプや図の検索などおまけ的な要素しか入れなかったが、暁は選択されたオブジェクトの書式などの設定にもっと使うべきだと考えていた。この同僚との考え方のギャップが暁のやる気をさらにそいでいた。どう統一したインタフェースを使えばいいのか迷っていた暁は、ある時などは全ての操作にショートカットキーを割り当ててみたり、全ての操作をメニューからアクセスできるようにしてみたりしたが、かえってソフトが使いにくくなってしまったということさえあった。そんなこんなでとうとう暁は仕事へのやる気を失ってしまったのだ。 「――。」 会社を出た暁はどこにも寄らず、重い手で家の扉を開けた。キィイイ、バタン。扉がうなる。鍵を閉めると奥の部屋から一匹のミニチュアダックスフントがしっぽを振りながら駆け寄ってきた。 「おう、ポチ。」 暁はその犬の頭をなでたあと、ポストに入っていたチラシに紛れて往復ハガキが混じっているのに気がついた。 「アーチェリーサークルの同窓会、か。」 暁は大学でアーチェリーサークルに入っていた。そこからの手紙だった。OBで集まろうという企画だ。 「やれやれ、どうするかな。」 大学の友人と会うのは楽しみだろうが、最近の暁は何かにつけてダルかった。いちいち行くのも、めんどくさい。 そして暁はその往復ハガキを抜くと、他にはめぼしい手紙は来ていないのを確認した。そしてチラシを置きに、リビングに行った。するとリビングに暁と同じくらいの年齢らしき女性がイスに逆向きに座りながらテレビをリモコンで操作している。 「おかえり。またただいまも言わず帰ってきたね。」 「うっせーな。誰がいるわけでもないし、ただいまなんか言わなくてもいいだろ。」 「あら、私がいることを忘れたのかしら」 「おまえは家族でも何でもない。」 ここで説明を入れよう。今暁が話していたのは彼が言うとおりほんとに家族ではない。今暁が話していた相手は八田美佳。ルームシェアをしている幼なじみの腐れ縁の女性だ。虎部はアパートの借り賃の負担を安くするために、美佳とルームシェアをしていたのだ。さっき玄関にかけてきた犬の方はセーブという名前の犬で、美佳が連れてきた犬だ。(「セーブって球団の名前か?」と暁は美佳に言ったことがあった。)暁はこの犬のことを単にポチと呼んでいるが、美佳はその呼び名は不満がっている。なかなか人なつっこくかわいい犬なのだが時々フッと姿が見えなくなったりして、美佳を心配させている、そんな犬だ。(ちなみに、セーブは放浪癖があるので美佳が心配していつも首にGPSを付けている。)――暁はイスに座り新聞を開いた。 「そもそもがおまえに家賃を負担させようとしたのが間違いだったんだよ。おかげで家賃けちられて冷蔵庫の食べ物勝手に食べられて、こっちは財布すっからかんだ。おまけに起きてる間じゅうテレビは占領されるわで。くだらない芸能ニュースばっか見てな。」 暁は着替えようと部屋に行こうとした。すると美佳が冷蔵庫の中から勝手に見つけたチョコレートケーキを、小さなフォークを使って崩しながら唐突に言った。 「それにしても驚いたわあ。ギョーに恋人がいたなんてねえ。」 「ん、なんのことだ?」 「しらばっくれてもダメだよ。ほら、この手紙、あんたの恋人からの手紙。」 ちなみにギョーとは暁のことだ。「虎部暁」、下の名前が「暁《あかつき》」、だから略して「ギョー」だ。美佳はいつも暁のことをそう呼んでいる。暁《あかつき》という名前は呼びづらくもあるし、暁もそれを黙認していた。 「ほうら。」 美佳がニヤニヤ笑いながら暁の肩を突っついて、手に封筒をヒラヒラとさせた。 「あぁ?」 暁は美佳の手からパッとその手紙を奪い取った。 「――っていうか、いつも思うんだけど、おまえなに人への手紙勝手に開けてんだよ!」 その手紙は上端が破られて開封されていた。 「いやー、ギョーに女性からの手紙だなんて、珍しいなあと思って、ついつい。」 美佳は暁の買ってきたお菓子は勝手に食べ、届いた郵便物も勝手にあける。そういう奴だ。暁はその度に注意していたが、美佳が全然聞かないので最近は注意するのもめんどくさくてしていなかった。 「全く、詮索好きなんだからな。」 暁は封筒の宛先人の所を見た。 「寅部曉一様」 「……俺の名前間違ってやがる。誰だあ、この宛名書いたやつ。」 暁はパッと封筒をひっくり返して差出人欄を見る。差出人の名前が上品なきれいな字で書いてあった。 「成宝絵里子《なりだからえりこ》」 住所は書いてなかった。 「だれだ、これ……。」 暁が少しの間その差出人名を見ていると、 「フフーん。」 美佳がニヤニヤ笑みを顔に浮かべながらうなった。 「ちっちっち。甘いねえギョー。しらばっくれても無駄だよ。なかにあんたの恋人だって書いてあるんだから。」そういって大仰に腕を振る。 「てめえ、中まで読んだのか……。」 「ほう、そういうところを見ると、認めるわけね。浮気をしたってことも。」 「浮気ぃ? なんのはなしだよ! 俺の知り合いにこんな名前の奴はいない。大体俺が人にモテなくて幼稚園の頃から恋人がいないっておまえも知ってるだろ!」 「ふぅ。そういえばそうだねえ。こんな幼稚で短気で無愛想な奴に女性が惹かれるわけないもんね。しかっし幼稚園から恋人がいないなんてほんとのことまで言っちゃうなんてねえ。少しはためらったらどうなの。」 「大きなお世話だよ。だいたい宛先人は寅部曉一様って書いてある。俺の虎とは字が違うし、しかも俺の名前には『一《いち》』なんて付いてない。」 「もしかして、前遊びに来たドンちゃんからじゃない? あの人鈍そうな感じだったし。間違えて書いて送ってきたのかも」 「おまえそれ今度当人の前で言ってみろよ。――あいつはあれでも漢検準一級取得者だ。それにあいつは男。ここに差出人が成宝絵里子って人だって書いてんだろ。」 「そっか。」 暁はバサバサと封筒から中身の手紙を引き出すと、手紙の内容を読んでみた。 ###  寅部 曉一《きょういち》様へ。  お久しぶりです。絵里子です。いつも何度も手紙を出して済みません。でもなかなかあなたからの手紙が来ないので、筆を執らせていただいています。  最近はだいぶ暖かくなってきて、庭のビワの木も実がなってきました。できれば実をとってあなたに届けたいのですが、さすがに大きな荷物を作るとお母さんに見つかってしまうので、手紙だけですまさせていただきます。 ――私は最近お菓子作りをはじめました。ケーキを焼いたり、クッキーを作ったり、プリンを作ったり、まだまだ初心者ですが、いつかおいしいお菓子を作れるようになって、あなたにも食べていただきたいと思います。 ### 以下、かなり気持ちを入れて書いたらしく、彼女の近況を示す事柄が数ページも書いてあった。そして、美佳が言っていた部分まで読み進んだ。 ###  唐突で申し訳ないのですが、最近あなたが他の女性とつきあっているという話を噂に聞きました。もしあなたが好きでそうするのなら仕方のないことでしょう。でも私としては別れの返事でもいいからあなたから何か伝えて欲しいのです。最近ぱったりとあなたからの手紙も届かないようになり、私は寂しいです。もしあなたが私のことを少しでも頭の隅に置いていてくれるのならば、手紙で返事を送ってください。(携帯は親に禁止されているので、電話やメールは使えません。申し訳ありませんが手紙でお願いします。) あなたの親愛なる絵里子より ### 「――ふぅむ。」暁はため息をついた。 「ギョー宛じゃないとすると、これはいったいどういうことかな。」 美佳が急にまじめな顔になって、顎に手を当てた。 「うーん。『荷物を作ると見つかってしまうので』、とかどういう意味なんだ?」 「なんか『お忍びの恋』ってとこなのかな」 暁はもう一度差出人を見た。 「宛名は似てるけど、こんな人知らないしな。」 「――宛名は似ている。うちに届いた。住所はあってる。でもこっちは相手のことを知らない……どういうことだろう? ンッ!」 「どうした?」 美佳は手紙を見ながらしばらくチョコレートケーキで口をモグモグさせていたが、無理矢理飲み込むと言った。 「あたしこの宛先人の名前、なんかどっかで知ってるような気がするんだけど……。」 「どっかってどこで?」 暁が聞く。 「ん〜、どこだったかなあ〜、どこだどこだ? 思い出せないなあ。」 美佳が上の方を見上げながら思い出そうと考えていると、付けている腕時計のアラームが「ピピッ」と鳴った。 「あっ、もうこんな時間。ごめんギョー。あたしバイトあるんだ。」 美佳はイスに置いてあった手提げバックをつかむと玄関の方に走っていった。セーブが「ワンワン!」と吠える。 一人取り残された暁は、手紙をテーブルの上に放った。 「あいつ俺の買ったチョコレートケーキ食いやがって……」 暁はテーブルに残された皿を見て呟いた。 次の日、暁はまた公園でコーヒー牛乳を飲みながら、やはりグッタリした昼休みを過ごしていた。日差しは昨日と変わらなかったが、公園には折からの吹き抜けるような風が吹き、カラスが二羽、風に乗ってビルの高いところを飛んでいた。 「おい、暁。暇つぶしにチェックでもやらないか?」 今回は同僚が金井ともう一人一緒についてきていた。 「チェックで暇つぶしだあ? ケータイの天下のご時世にチェックなんて子供っぽいことやって暇つぶすかよ。ケータイでゲームでもしな。俺は今忙しいの。」 シッシッと、暁は手で払う動作をした。 「なんだよ、暁のいけずー。せっかくおまえがヒマそうにしてるからついてきてやったのに。――しょうがねえ。二人でやろうぜ。」 金井ともう一人は暁をほっといて二人でチェックをやり始めた。それを視界の中にぼんやりと捉えながら、暁は心の中で呟いていた。 (5月の風って、何でこうもアンニュイ気持ちにさせられるんだろ。) 「チェックワン――!」 (何の色も持たない季節、何の趣も持たない季節。それが五月か) 「チェックスリー! くそ、やられたー!」 (でもそれは本当にそうなのか、ただ目標を見失った俺がそう感じているだけではないのか) 「チェックフォー!」 (このままじゃ俺、どうモチベーションを持って暮らしていけばいいのか――) 「チェックスリー! 負けた〜!コノヤロー。おし、もう一回だ〜!」 暁はなんとなくイライラしてきた。その時だった。 「ギョー!」 いきなり美佳が暁の前に現れた。走りながら物陰から急に現れたのだ。暁の前で立ち止まった美佳は、手をひざに当て中腰になりながらハァハァと息を荒くしている。 「おまえ、こんなとこまで呼びに来るなよ。――勘違いされるだろ、『あいつらに《、、、、》』。用件はなんだよ、美佳」 暁が嫌そうな顔をするとヒューヒューと後ろから複数の声が聞こえる。美佳はそれを一瞥して黙らせると言った。 「もしかしたら、あの手紙の秘密がわかるかもしれないのよ」 「なんかわかったのか?」 「近所のおばさんたちから聞いたのよ。」 「全くあの現場監督、人にばかり働かせて、自分は全然仕事しないんだから。」 ――その時美佳はバイトの帰り道でふてくされながら歩いていた。美佳が暁たちが住んでいるアパートの家に帰る途中、談笑していた近所のおばさんたちに声を掛けられた。 「あら、あなた、今度新しくここに来た人よね」 「はい、4月から来ました。」 美佳が答える。 「曉一さんとはどういう関係なの?」 「曉一――さん?」 美佳はいきなり言われて驚いた。 「とぼけたって無駄よ。ほら、あんたのところに一緒にいるあの男の人よ。前はよく笑顔で挨拶してくれたのに、最近は疲れてるのかしらね? 近頃顔が暗くて、挨拶もぼんやり返すくらいで。あなた、曉一さんの彼女でしょ?」 美佳はしばらく何を言われたのかわからなかった。 「え? 私は誰の彼女でもないですけど。それに曉一さんって……あれ、あの手紙の宛先人の名前!?」 ええっと、落ち着け落ち着け。美佳は自分に言い聞かせた。「おかあさん、もしかして私と一緒にいる男って暁のことですか?」 「暁?」 おばさん1がキツネに包まれたような顔をする。 「はい――私と一緒に4月からルームシェアをしてるのは暁って言う幼なじみです。曉一って人じゃないです。」 「あら、違うの? 4月から? 私たちが知ってる寅部さんは去年の8月からいたわよね。どういう事かしら。」 おばさん1はもう一人のおばさん(おばさん2)のほうを見た。 「そういえばわたし3月頃曉一さんが大掃除してるとこみたわ。冷蔵庫とかも運び出して。」 話を振られたおばさん2が言う。 「もしあれが引っ越ししたって事だったなら――きっと今の人と曉一さんは別の人なのね。」 「あら、そうだったの」おばさん1が合点する 「――別人だったの。知らなかったわ。それにしても、ほんとに名前だけじゃなくて顔までよく似てること。」 ほんと、そうよね。とおばさん2も頷いた。 「――あら、どうしたの八田さん?」 美佳はしばらく頭の中で考えていたが、だんだんと頭の中で状況が飲み込めてきた。 「なるほど、そうだったんだ! ありがとうございました! 助かりました。」 そのまま美佳は家とは逆の方向に走り出した。 「八田さん、どうしたのかしらねえ。」 おばさん1が呟いた。 「――って言うことなのよ。ギョー」 美佳は以上のことを暁に早口で説明した。 「つまり俺たちが4月からこのアパートを借りる前、その『寅部曉一』って言う俺と名前も顔もすごい似てる人がいてあの部屋を借りてたって事か。」 暁がアゴを手でかかえる。 「そう、それで成宝絵里子って人は前あのアパートの同じ部屋に入っていた寅部曉一って人がまだここにいるんだと思って、こういった手紙を送ってきてるんじゃないかな」 美佳は口元に名探偵のそれと同じ笑みをたたえていた。 「名前も似てるから配達員の人も気づかなかったってとこか。」 「そう。で、そうと決まったら、これは調べないわけにはいかないわよね。」 美佳がいきなり空を見上げた。 「調べるって何を」 暁がコーヒー牛乳のパックの面をおさえて軽く握りつぶす。ストローがゴボゴボ音を立てた。 「恋文を、ちゃんと宛先人の元に届けないわけにはいかないでしょ。」 ◆ ◆ ◆ 「そうそう、前々から思ってたんだよ。あんた似てるって。」 後日、二人は大家さんの所を訪ねた。この大家さんは「言法座保《ごんぽうざたもつ》」さんという珍しい名前の人だ。この言法座さん、なかなかの太っ腹で借り手には家賃は一ヶ月1万で部屋を貸していた。しかも部屋は他のアパートに見劣りしない。ちなみに言法座さんの頭はきれいな禿頭で、日光の下では「太陽が映る」とアパートの借り手たちの中では有名だった。 「……ちょっと、あんたたち、そこ見てんじゃないよ。私の頭に用がある訳じゃないだろ。」 言法座さんが不満そうに言った。 「あっ、すいません、つい……。」 二人は言法座さんにあの手紙について何か知らないか聞いたのだ。 「ほんと君は寅部曉一君によく似ている。他人の空似ってこういうことを言うんだろうな。名前まで似てるもんだから、君たちの入居申込書見たときはさらに驚いたよ。」 言法座さんは一人でウンウンと頷いていた。 「あんた達の所の部屋は、前はその寅部曉一って人が借りててね。礼儀正しい男性だったよ。このアパートのほかの部屋の人にも挨拶もしっかりしてくれてね。それに引き替えあんた達ははうれしくないねえ。一人は愛想がないし、一人は愛嬌がないし、貸してる部屋は汚すし。それに――」 家賃は払わないし、と言おうとしたが、美佳が話を最後まで聞かずに質問した。 「あのっ、その寅部曉一って人が今どこにいるかわかりますか?」 「うむ。そういえば実家に帰るとか言ってたかな。」 大家さんは無理矢理話を切られてつばを飲み込んだ。 「その人の実家の住所、わかります?」 暁が食いつく。 「それは個人情報だから言うわけにはいかんな。」 言法座さんは腕組みをした。 「そこっ、言法座さん。そこを何とか、教えていただけないでしょうか!」 美佳が手を合わせて頼み込んだ。 「最近個人情報の扱いが厳しくなってな。何かあったら私も責任を問われかねないしな。――」 「その人の所に行けば、お金の算段が付くんですよ。たまってる家賃もそれで払えますから。どうか、教えてください!」 「むう。」 大家さんは顎に手を当てて宙を見ながら、困ったような顔をしていたが、 「ほんとに、家賃払えるんだな。――なら、教えよう」 わざとらしく一人でウンウンと頷いた。 「やった、ありがとうございます!」 美佳は大家さんの手を取りながら喜んで飛び跳ねた。 「ワシも正確に覚えている訳じゃないが、帳簿に載ってるだろうから、調べてくるよ。」 そういうと、大家さんは部屋の中に入っていった。 「おまえ、あんなうそ付いてまで何でそんなに知りたいんだ?」 暁が訝しそうに美佳に聞いた。 「だって、あんなラブレター、見るの初めてだもん。気になるじゃない。――それに、何か気になるのよね――何か私の第六感にピンと来るの。」 「そうかあ?」 しばらくゴソゴソ音がすると、大家さんが部屋からノートのようなものを持って出てきた。 「これだ、これ、ここに載ってるよ。えーと。寅部曉一――」 大家さんは住所を読み上げた。 「住所は、『大矢野郡上天草5-25-1』だ。」 「ええっと、メモメモ。もう一回言ってもらってもいいですか。」 言法座がもう一度読み上げると美佳がポケットからシャーペンを取り出してメモした。 「もうわかったな。それじゃ、なるべく早く家賃払ってくれよ。」 「はい、もちろん。ありがとうございました!」 とりあえず用事は終わったと言うことで、美佳と暁は自分たちの部屋に向かった。 「よし……これで手がかりがつかめたぞ。後は芋ヅルのようにぐいぐいと――」 美佳は芋づるを引くまねをした。 ◆ ◆ ◆  数日後、二人は出かけた。もちろん、行き先は大家さんに住所を教えてもらった寅部曉一の実家だ。その日も夏が一歩先に来たようなとても暑い日だった。二人はメモに書かれた住所を時々手に持ちつつ見て、途中美佳の根拠のない自信と方向音痴のせいで迷ったりしながら、大家さんに教えてもらった寅部曉一の実家にたどり着いた。五月だというのに狂いゼミが鳴いている。暁と美佳はその寅部の実家という家を見上げた。なんと言うことはない。住宅地に建ってる日本風の普通の一戸建てだ。ちょっと歴史を感じさせる建物ではあったが、別段なんと言うことはない。玄関の横の車庫には犬が鎖に繋がれていた。柴犬だ。 「おう、ポチ。」 暁が手を差し出すと、その柴犬は暁の手のひらを舐めながらしっぽを振った。 「あんた、どんな犬にもポチって呼ぶよね。」 「じゃあ、シバだ、シバ。ようよう。」 柴犬が暁にじゃれる。何も飼わないわりには、暁は動物と戯れるのが好きなのだった。犬のほうも大抵暁に吠えてかかるような犬はいなかった。 「どっちでもいいけど……早く、家の人に話を聞こうよ。」 アルミ製の門の前に立つと、暁はその家のインターフォンを押した。ベルの電子音がピンポン、ピンポン、と二回鳴る。 「はい」 スピーカーから年配の人だろうか。女の人の声がした。 「こんにちは。」 「こんにちわー。」 「曉一さんいらしゃいますか?」暁がマイクに話しかける。 「えっ、曉一?」 その声が聞こえてから、声の主はインターフォンの奥で考えていたらしく、少し間があったが、またスピーカーからこういった。 「あなたたち、曉一のお友達ですか?」 「えーっとですね……」 今度は暁が言葉に詰まった。どこに顔も合わせたこともないアパートの前居者の実家を訪ねる奴がいるだろうか。暁が答えに困っていると、美佳が暁を押しのけてインターフォンに話しかけた。 「はい、大学の頃の友達です。曉一さんと少し話がしたいと思って。」 すると、インターフォンの声は小さな声になって言った。 「大学のお友達ですか。今日は曉一は家におりませんで、せっかく来てくださったこととは思いますが、残念ながら曉一と話をすることはできません。」 暁と美佳は顔を合わせた。 「あの、今インターフォンにでてるのは曉一さんのお母さまですか? ご本人から直接でもなくてもいいので、すこし用件があって聞きたいことがあるのですが。」 「ちょっと待ってください。」 その声がした後、インターフォンはがちゃっと言って切れた。 「……よかったのか?食いさがって。インターフォンも切れちまったし。」 暁は口をとがらせた。 「ここで遠慮してどうするのよ。それに『ちょっと待ってください』って言ってたでしょ。話、してくれるのよ。」 「ほんとかぁ?」 しかししばらくすると、キィと金属扉がすれるような音がして二人の目の前の家の扉が開いた。扉の陰から年配の女の人の顔が出てくる。たぶんインターフォンにでていた人だろう。 「わざわざ来ていただいてありがとうございます。あの、外は暑いですし良かったら涼しい家の中で話をしませんか。お茶とお茶菓子も用意し――」 しかし、その時その女の人はハッと目を見開いた。 「――きょう――いち――?」 口を開け、その口に片手をあてながら、その女の人はオロオロした。 「曉一――なんで、あなたが――。そんな、生きてるはず――」 「『生きてるはず?』」 暁がキョトンとして美佳のほうを見て呟く。 「あのー、大丈夫でらっしゃいますか?」 美佳は不思議そうな顔しながら言ったあと、ハッと気づいて暁の脇腹を突っついた。 「ほら、あんた、曉一さんに似てるらしいじゃないの。曉一さんだと思ってるのよ。」 そしてもう一度その曉一の母親という女性のほうを見ると 「こちらにいるのは虎部暁と言って、曉一さんではないんです。この男は私と山武市のほうで一緒にルームシェアをしている男です。曉一さんと似てるらしいんですけど。」 と言った。 「まあ、曉一じゃなくて?」 その女性は一瞬あっけにとられていたが、いきなりホッとしたのか、「あー、ビックリした。」と言って胸をなで下ろした。 「どうも驚かせて済みません」 暁も付け加える。 「それにしても『生きてるはず――』ってどういう事なんですか?――」 二人は家の居間に通された。中は軽く冷房が効いている。暁と美佳は居間に行くまで家の中を見回してみたが、先ほどでた曉一の母親と思われる人以外、家の中には誰もいなかった。二人は和風の低めのテーブルの前に正座して座り、曉一の母親らしき人を待った。じき、さっき曉一のお母さんに言われたとおり、白磁の涼しげな茶飲みに入ったお茶と、お茶菓子として本物の葉っぱが付いた、あんこの入れられた透明なくず餅が用意された。 「あのー、こんな初対面の人なのにお茶菓子まで出してもらって済みません。」 「ほんと、おもてなしありがとうございます。」 暁は正座をしたまま頭を下げた。実は暁は正座は苦手なのだが、そんなこと言っている場合ではないので我慢している。 「私は曉一の母親の悦子と申します。わざわざ曉一に会いにこんなところにまで来ていただいて。それなのに、曉一と言ったら……話もできず……。」 悦子と名のった曉一の母親は隣の部屋の仏壇の方を見た。美佳と暁がそちらを見ると、仏壇の上に二人の人物のモノクロ写真が置いてあった。片方は白髪で、どうも曉一の父親のようだ。そしてもう一人、若い男性の写真が飾ってあった。美佳と暁はそれが亡くなった曉一だとわかった。顔が暁そっくりだったからだ。 「うちは子供は一人息子なんです。それが曉一で。曉一は孝行息子で、よく私たち二人を旅行に連れて行ってくれたり、買い物なんかは買い出しに行ってくれたりして、ほんと助かってました。」悦子さんは息を飲み込んだ。「それが、二ヶ月前に突然死んで。」 「何で亡くなられたんですか。」 美佳が聞いた。暁は横で聞きながらクロモジでできた楊枝をつかってくず餅を切って口に運ぼうとした。き、切れない。 「うちの息子は写真家だったんですが、仕事で海の近くの断崖に行ったとき、崖を降りようとして足を滑らせたんです。」 「そうですか……。」 美佳はすこしばかり頭を下げた。 「身内が言うのもなんですが、曉一は業界では結構有名な写真家で、『わたしはヤドカリ』とか結構写真集なども出してたんですよ。」 ブッ、ゴホッゴホッ。突然暁はむせた。 「もう何やってんのよ。ギョー。」 美佳が暁の背中をどんどんとたたく。 「サンキュ。でも、『わたしはヤドカリ』って……?」 悦子さんがお茶を差し出す。暁はそれを飲んでノドの詰まりかけたものを奥に流し込んだ。ふう、と息をつく。 「あ、そうか、あれか〜! もうギョー何言ってんのよ、有名じゃない。あの、ほら『わたしはヤドカリ』って海の生物をヤドカリの視点から撮ったって、賞受賞された写真集ですよね? ああ、あれですか。道理でテレビで見て知ってるはずだ! 」 美佳は暁のことはほっといて勝手に手をこぶしでたたいて合点した。「ギョー、あんたもときどきは芸能ニュースとかをテレビで見なよ。」 悦子さんは飲んでいた湯飲みをテーブルの上に置いた。 「そうなんです。知っていていただいて光栄です。あの写真集はここの近くの海辺で撮ったものなんですよ」 「だからなんかどこかで見たことあるような雰囲気の風景だと思ってたんだ!」 「あの、曉一のお友達と聞きましたが、失礼ながらお名前は……。すみません、さっき玄関のところで伺ったとは思いますけど、さっきは動転していまして……もう一度お教えいただければ。」 悦子さんが微笑んだ。 「ほら、あんた自己紹介。」 美佳が暁の横腹をつつく。 「あの、私は虎部暁と申します。あの、曉一さんと名前と顔が似ていますよね。大学では曉一さんと一緒にギョウキョウコンビといわれまして……」 「そうそう、私たちと同じ寅部さんでしたね。」 「先ほど見た表札からすると、私のとここの家のとでは漢字はちょっと違うんですが、まあ、そんなところです。」 「私、八田美佳と言います。曉一さんのファンです!」  背を伸ばしてすっと間をおいたあと、美佳は急に背を丸めて顔をうつむけた。 「あの、すみません、私、先ほど嘘をつきました。私たちは大学の友達じゃありません。私たちは曉一さんが入っていたアパートに曉一さんの次に入った住人なんです。」 「まあ、」悦子が驚いて目を開いた。 「ほんと、うそついてすみません。是非とも話を伺いたかった理由があったもので……。」 美佳は膝に手を当てて、まぶたを強く閉じながら謝った。 「曉一が入っていたアパートに新しく入られた方だったんですか。それはそれは、私が言うのもなんですが、縁起でもないところに入らせてしまって、申し訳ありません。」 そうか、言法座の奴、いくら知らないからって、俺たちに曰く付きの部屋を貸したのか。暁は横を向いてうなったあと、もう一度悦子さんの方を見るとタイミングを計って口を開いた。 「――それでその話を伺いたかった理由なんですが、私の所に恋人を名のるある女性から間違いで手紙が届きまして、それは曉一さん宛のものだったんです。それで大家さんに曉一さんの実家の住所を聞いて、私たちは今ここに来てるというわけです。」 「曉一に恋人から?」 「そう。内容は曉一さんの浮気を詰問する内容でした。」 「曉一に恋人がいるなんて初めて知りました。ほんと、私もはじめて聞きました。――しかし、浮気というのは――。私が言うのもなんですが曉一はなんの理由もないのに浮気をするような人間じゃありませんわ。」悦子さんは目を伏し目がちにした。 「……そうですか。たぶんその手紙をよこした女性は、曉一さんが亡くなったことを知らないんじゃないかと思います。それで、手紙がなかなか来ないので曉一さんの心が離れたのだと思いこんでいるのだと思います。」 「その人は成宝絵里子さんという名前なんですが、手紙には差出人の住所とかは書いてなくて。悦子さん、何か知ってることはありませんか?」 「私は恋人の話なんて一言も……。仕事一筋の息子でしたから、まわりに女っ気なんて全くなくて。」 悦子さんは首を振った。 「曉一さんが亡くなる前に言っていたこととか」 「私が曉一の運ばれた病院に行ったときは、もう既に曉一は死んでいたんです。曉一の最後を見たのは、救急隊員の方達です。」 「そうですか。」 「じゃあ、救急隊員の方をあたれば何かわかるかもしれないんですね?――。その救急隊員の方はどこにいらっしゃるんですか?」 「ええ、曉一の手当をしてくださったのは、うちの近所にある消防署に勤めている方達です。」 「よし、次はそこあたってみよっか。」 美佳が手をグッと握ったみせた。 「どうも、いろいろとお話ししていただいてありがとうございました。」 「いえ、何かあればいつでもどうぞ。」 足がー、痺れてーーー。暁は立ち上がるときにつまずいた。 ◆ ◆ ◆  数十分後、二人は悦子さんに教えてもらった消防署に来ていた。街の中心部の近くにある消防署で、消防署のすぐ外の道路にはたくさんの車がひっきりなしに走っていた。自動車からでる排気ガスが、日に熱せられてもやもやとしているのが遠くからでも見える。 二人が車両倉庫の前でだれかつかまえられる人がいないか待っていると、サイレンを鳴らしながら救急車が入ってきた。敷地内でその救急車が止まり隊員の人が降りると、すぐにバックの扉を開いた。 「何で病院に運ばないんだ! うちに患者を運んできてどうする!」 救急車の中の人と消防署の人が言い合っている。 「AEDを使おうとしたら故障してて。ここにも置いてあるでしょう!? 気管支内挿管もしなけりゃいけないのに、やれる奴が一人も乗ってないんですよ!」 「AEDに気管内挿管だぁ? いったいどういう患者だ!」 「パルス45!――バイタル落ちてきてるぞ!」 その場はバタバタとした雰囲気に包まれた。 「ちょっと、ちょっとあんた達、邪魔だよ。そこどいて。一般人は入場禁止だよ?」 消防署の人が暁と美佳を見つけて怒鳴りつけた。 「す……すいません。ちょっと救急隊員の方にお話を伺いたくて」 「話ぃ? 向こうの部屋に人がいるから、そこで聞きな!」 「はー……い。」 怒気におされて二人は小さな声で答えた。 二人はいわれたところに行ってみた。建物の外に面した一階にある部屋で、数人の人が事務所内で事務作業をしている。受付のような所だ。 「もしもーし、ちょっとお伺いしたいことがありまして、よろしいでしょうか!?」 その中の一人がめんどくさそうな顔をしながら暁達の方を振り返った。 「なんだい? ソバの出前ならもういらないよ。全く、消防長ったら年越しはとっくに終わったのに救命士にまでソバ食わせるんだから。いくら自分が好きだからって」 「いや、ソバの出前じゃなくて、聞きたいことがあるんですが。」 「聞きたいこと?」 ◆ ◆ ◆ 二人はなぜか受付をしているその救急隊員から、話を聞くことが出来た。 「ああ、寅部曉一さん!あの人か。あんた達運がいいねえ。私もあの人の手当をした一人だよ。あの人は岩に頭をぶつけて頭からすごい出血をしていてね。寅部さんが倒れているのを見つけた人から通報があって駆けつけたんだけど、出血の具合が激しくて、間に合わなかったんだよ。私たちも可能なことはすべてしたが、それでもダメだった。――それにしても君はほんとに曉一さんに似ているねえ。いやあ、すごい。」 その救急隊員はアゴに手を当て、まじまじと見た。 「おっと自己紹介が遅れたな。私は稲垣富一!ここの消防署では一番の力持ちだ!トミーと呼んでくれたまえ!」 「曉一さんは最後何か言ってませんでした?」 美佳は最後のいくつかのセンテンスを無視して言った。 「えーっと、彼はだいぶ意識が薄らいでたんだけど。そういえば、『彼女に、これを渡してくれ』って最後言ってね。そう、これを渡されたよ。」 話をくじかれて急にテンションが普通に戻ると、その隊員はある物をポケットから取り出した。巻き貝の殻だ。小さな殻だったが、光沢のある白い表面にうっすらと青い縞が入っていて、どことなく気品のある美しさがあった。 「何となく不思議な縁を感じてね。万が一その女性に出会ったときにすぐ渡せるようにいつも持ち歩いてるんだ。」 隊員の人はそれを手のひらに載せて二人に見せた。 「彼女って誰だいって聞いたんだけど、『絵里子、一緒に灯台に行けなくてごめんな。――俺はおまえを幸せにはできなかったみたいだ――』って言ったきりで。」 「!」二人は息をのんだ。 「寅部さんの親戚とか、絵里子って名前に関係しそうな人はあたってみたんだけど、結局見つからなくて、こうやって渡さずじまいなんだけどな」 二人は顔を見合わせた。ついに曉一から絵里子への線がつながった。 「ほかに何かわかることは?」 美佳がせかしたが救急隊員の人は頭を振った。美佳は息をついた。 「ほんにねえ。あの人が死ぬ必要なんてなかったと思うんだけど。何の神の采配だか……。そうそう、君たち、その絵里子って人を探してんなら、見つけたときにこれを渡してくれ。そうすればあの人の魂もちっとはうかばれるんじゃないかな。」 そういって稲垣と名のった救急隊員はさっきの貝の殻を暁に渡した。 ◆ ◆ ◆ 「うわあ、いい景色!」 美佳が感嘆の声を上げる。二人は現場がつかみたくて、救急隊員の人に教わった、曉一が転落して死んだという崖に来ていた。二人は崖のすぐ手前の駐車場にスクーターを止めた。海岸の方に少し歩くと、海が見えてくる。黒い鋭い岩場でできた険しい崖のような地形の下に、砂浜があり、コバルトブルーの海が続いている。遠くにはアジサシだろうか。鳥が飛んで魚を捕らえているのが見える。ここは地元でも有名な景勝地なのだ。美佳はしばらくの間口を開けながら海を眺めていたが、真剣な顔に戻ると呟いた。 「ここ、なんだね。曉一さんが亡くなったのは。」 「ああ。」暁も相づちを打った。 「この崖の具合とか言ったらまるで火サスみたい……。奥の海はこんなにきれいなとこなのに――」 そのとき、後ろからザッざっと足音が聞こえてきた。 「あんたたち、アイスはいかがかな?」 ビクッ。二人はここに誰もいないと思っていたので、後ろから声を掛けられて驚いた。 「っ、ビックリしたー。いきなりなんだ?」 二人は声の方を振り向いた。するとじいさんが、車輪のついたちっこい箱のようなものを引いている。どうも小型の冷凍庫らしい。車には「アイス」と白文字で書かれた赤い旗がさしてあった。 「ワシはこの場所で夏の間だけアイスを売ってるんじゃよ。あんた達もいかがかな。一本200円だが」 高え。破阿限かよ。割引券ほしいよ。――暁はじいさんをにらんだ。 「あの、俺たち寅部曉一って人が2ヶ月ほど前にここで亡くなったって聞いて来たんですが、そのことについて何か知りませんか?」 そのおじいさんは指で円を作って見せた。 「アイス買ってくれたら教えてやる。」 「むー。」 美佳はうなったが、 「わかった、買う買う!」勝手に決めた。 「えー、一本に200円!?」暁は声を上げた。 「ギョー、お金持ってるでしょ。」 「しかも俺が払うのかよ!?」 「情報料じゃ」 「ふう。」暁は渋々財布をポケットから出した。 ◆ ◆ ◆ 「――えっ、ここで死んだ人が他にもいるんですか」 暁が驚いた声を出した。 「そう、ここらあたりは毎年人が落ちて死ぬって有名なところなんじゃ。」 「じゃあ、寅部曉一って人もそのたくさんいる死んだ人のうちの一人なんですね。」 暁たちは駐車場の区切り用のネットに寄りかかってアイスを舐めていた。暁は好きなメロン味のアイスを頼んだ。美佳はストロベリー。じいさんも宇治金時アイスを食べている。商売ものを自分で食っていいのかよ。暁は心の中で呟いた。 「他には何か知ってることは?」 「ない。」 「えーっ!?」 「おいおい、情報ってそれだけかよ。」 「その男性が亡くなったとき、ワシはぎっくり腰で家にいてな。だから事件については後で聞いて知ってるだけで、詳しいことはしらんのだ。その日はばあさんが代わりにでてたけど、ばあさんは何も言ってなかったしな。」 「なんだよそれーっ。あたし達がアイス買った意味がないじゃん。」 「もう食ってしまったモンは戻らん。」 「200円もかかってたったそれだけの情報なんてぼったくりだよ〜!100円ずつ返せよ!」美佳が怒り出した。「いい、私はこれでも柔道は黒帯、剣道も黒帯、あんたもあの崖の下に投げて――」 剣道に黒帯とかあんのかよ。それに金払ったの俺なんだけど。暁はメロン味のアイスを舐めた。高いけど、冷たくてそれなりにうまい。 「ん?」 アイスを舐めながら、暁は海岸線沿いに続く崖の遠くにいる影に気がついた。その影は崖の先端に立ち、すぐ近くまで海が迫っている。 「どうかしたの、ギョー。」 アイス売りのじいさんと問答をしていた美佳が気づいて暁に聞いた。暁は目を凝らした。 「ほら、あそこに男の人が立ってねえか? 海の方向いて立ってる。」 美佳も目を凝らした。 「あたしには……ちょっと見えないよ。あたしどっちかというと近眼だから。」 「あんなところに立ってたら危ねえじゃねえか。」 「――注意しに行った方がいいかな。ここの場所は危ないって。」 すると、アイス売りのじいさんが目を細くして呟いた。 「ふむ、あの男か。」 「えっ? じいさん、あの人知ってるのか」 「ああ、しっとるよ。ワシも遠視だしな。あれは時々ここに来る奴じゃ。アイス全然買うてくれんからワシはあの男には興味ないがな。」 「ふーん。」 「ちょっと話そらさないでよ。アイスのお金、返してもらうからね。」 するとじいさんはわめきだした。 「もう、うちだって家計苦しいんじゃよ。だからアイス売りなんて儲からない仕事やっとるんじゃないか。少しは恵んでくれてもいいじゃろ!」 二人がいつ終わるともない問答を続けているうち、遠くに見える男は車に乗り込んで走り去っていった。  その夜、二人は家に帰って朝見忘れた新聞を読んだり、リンゴジュース(混濁したやつ――美佳がこっちが好き)を飲んだりしてゆっくりと時間を過ごした。暁が風呂から上がってきてタオルで頭を拭いていると、また美佳がケーキを食べている。 「おい、おまえ自分でケーキ買ってくるなんて、風邪でも引いて頭おかしくなったのか?」 いっしゅん美佳は無言だった。 「――いや、絵里子って人、今どうしてるのかなって思って。周りの人は全然その絵里子って人のこと知らないし、全然曉一さんが死んだってことも伝わってないじゃない。恋人から連絡もないなんて、つらいだろうなあと思って。だって、絵里子って人は、曉一さんが浮気してるんだと思いこんでいるんでしょ」 「そうだな。ああ、絵里子って人の住所がわかれば、もっと状況は展開してくれるのにな。」 「そうだね……」 暁の目が美佳が食べているケーキにとまった。それは、ストロベリーケーキだった。 (――ストロベリーか。) 暁は昔のことを思い出した。 美佳がストロベリーケーキを食べているときは、決まって昔の失恋を思い出しているときだった。暁が高校生の時の話だ。ある日のバイトの帰り道、暁は美佳が公園でブランコに座り夜一人泣いているところを見た。いつもは勝ち気な美佳が、一人で泣いていたのだ。暁は声を掛けようと思ったが、すぐに思いとどまって、物陰からそれを眺めていた。そして美佳のほうは涙で顔をぬらしながら、しゃくり上げながら、一人でケーキを食べていた。そのケーキは美佳が恋人と一緒に食べようと思って買ったものだった。その涙が失恋が原因だったと暁が知ったのは後の話だ。もっとも、暁がその様子を見ていたことは美佳は知らなかったが。それ以来ストロベリーケーキは美佳にとって特別なものになった。 今日それを食べていると言うことは、美佳がそれだけこの問題を深く捕らえていると言うことだ。 「元気出せよな、美佳」 「――ん?なんで?」 「いやーあんまり思い詰めんなよってこと。」 「は?」 「え――いや、なんでもない」 暁はあわてて自分の部屋に引っ込んだ。 「ふぁああぁぁぁ。眠《ね》みー!」 次の日の朝、暁は新聞を取りに玄関のポストまで行った。ガサガサと新聞受けから新聞を引き出すと、パサッと床に落ちたものがあった。 「おーい、美佳! 絵里子さんからの手紙がポストに入ってる!」 それは絵里子からの手紙だった。また送られてきたのだ。 「えっ!ちょっと待ってて!今顔洗うから!」 美佳が眠い目をこすりながら廊下を走ってきた。 「それはいいけど、今テレビでも言ってるとおり渇水とか言うことで断水してるぜ。」 「ええ? もう、こんなときに限って! 冷蔵庫のお茶で顔洗ってくる。」 「こらあ、おまえ、お茶を雑用水代わりに使うそのくせやめろ!昨日入れたばかりなんだぞ!」 美佳はそれも聞かずバタバタと台所に向かっていった。そして玄関のほうに振り返って、 「ギョー、私が来るまで封開けないでよ!」 と叫んだ。 「――まったく、人の手紙は勝手に開封するくせにこういう時は人を待たせんだから。」 暁はため息をついた。 * * * ――灯台で待ってます。―― 二人がリビングの照明を付けて手紙の封を開けると、そんな内容が書いてあった。 ### 寅部曉一様へ あなたの意思を確認したく、5月17日の夕方、入堂《いりどう》岬の灯台で会いましょう。待ってます。 絵里子 ### 書いてあるのはこれだけだった。 「……何で灯台なんだ?」 「……! わからないけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 夕方、あんた夕方用事開いてるわよね。出かけるわよ!」 美佳がバンとテーブルをたたいて言った。 「おい、出かけるってどこにだ?」 「その灯台に決まってんじゃない。出かける準備しといて! 地図、ネットで検索して印刷しといてよ!」 「えっ?この灯台に? ――おい、本当に行くのかよ」 「そよ! ええっと、折りたたみ傘どこに置いてたっけ。」 美佳は自分の部屋に狭い廊下を走っていった。 美佳と暁は夕方になるまで、お茶を何杯も飲んだり、置いてあるピアノを掃除したり(美佳が昔ピアノをやっていた)して、そわそわした時間を過ごした。そして、手紙に書いてあった約束の時間が来た。 「ほら、ヘルメットかぶって」 二人は外に出て、止めてあるスクーターにまたがった。 その時、セーブがスクーターの後ろについているカゴに飛び乗った。 「おい、ポチがカゴん中乗ってるぜ!」 美佳はフフーんと笑うと、 「いいでしょ。セーブと一緒に走れるように、カゴ付けといたの。」 エンジンを吹かした。 「おまえ、このスクーター車検通らねえんじゃないの?」 暁は心配したが、 「ヘルメットを忘れずに! じゃ、美佳、行きます!」 「暁、スクーター、出る……とか言わなきゃダメ?」 ブルルルルル……。美佳はスクーターを発進させた。家の近くの一車線の道を通り抜け、しばらく二人は国道を走っていく。天気は晴れだが、まるで冬がもどってきたかのように空気は刺すように冷たかった。二人は出かけるときに厚着をして寒さに備えていた。 スクーターは、森の中の道に入った。遠くに灯台の先端が見えてくる。 「あれが絵里子さんが待ってるという!」 「あの灯台だね!」 その灯台は日が少し傾きかけてはいたものの、まだ抜けるような白さを保っていた。そして天空に向かってそり立つように存在感を示していた。周期的に灯台の周りに回転する光りの筋が現れる。 しばらくして、二人は灯台の下の更地に着いた。美佳がヘルメットをとると、さびた看板が目に入ってきた。 入堂灯台入り口 所々ペンキが剥げ落ちている。 「おい早く上に上ろうぜ。」 スクーターを降りた暁は灯台の塔の入り口の扉を押したり引いたりしてみたが、 「あれ? あれ?」 カギが掛かっているようだ。扉は開かなかった。それもそのはず、暁は見落としていたが近くには「立ち入り禁止」と赤字で大きく書いてあった。 「ここ立ち入り禁止だわ。入れないみたい」 「なにぃ? じゃあ、絵里子さんはどこにいるんだよ。」 「もしかして帰っちゃったのかな? ――いやそんなはずはないわ。」 ――わざわざ離れたところに来るのに絵里子さんがすぐに帰るとは思えない。そのとき美佳は張り紙が貼ってあるのに気がついた。 「灯台は無人化に伴い、閉鎖されています。関係者以外は立ち入りできません。海を見に来られた方には、近くの展望台の方に回られるようお願いします。」 「これ、こっちよ!」 灯台自体は立ち入り禁止だったが、案内の張り紙によると灯台の近くに海が見える展望台がある。絵里子がいるのだとしたら灯台の下にあるそこ以外にない。美佳と暁は展望台への砂利道を駆け上がった。森にうもれていた景色が、二人の前に開けてくる。 展望台には複数のカップルがいた。どれも休日と言うことで遊びに来たカップルたちだ。あるカップルは二人で展望台のベンチに座って何かコンビニででも買ったのだろうか、菓子パンのようなものを食べ、あるカップルは手を繋いで笑顔で海を見ていた。 「ほんと私、そこの分野わからなくてさ〜」 「明日予定開いてる? またどっか行こうよ。」 周りの話し声が耳に入ってくる。暁と美佳は展望台の中を歩いていって、周りを見渡した。どの人も楽しそうに相手と話している。美佳と暁はその中から、一人だけで海をながめている女性を見つけた。 「ほら、ギョー。」 美佳が暁をつつく。暁は無言で頷いた。暁はその女性に歩み寄った。 ザッ、ザッ、ザッ。 いつもはなんと言うことはない自分自身の足音が、暁の心拍を早くさせた。そして、その女性の前で一度立ち止まった後、声を掛けた 「絵里子……さんですか。」 その声を聞くと女性はいっしゅん笑顔で振り向いた。しかし、暁の顔をしばらく無言でみたあと、女性の笑顔は消えた。 「曉一……じゃないですよね……。」 その顔を見た暁はまず自己紹介しなければいけないだろうと察した。 「あの……、はじめまして、私は暁と言います。……虎部暁です。」 「寅部さん……?」 「とらべと言っても、たぶんあなたが思い浮かべている漢字とは違うと思いますが。また、私は曉一さんでもありません。別人です。ええっと、――あなたは成宝絵里子さんですか?」 「はい……私は成宝絵里子です。あなたは曉一じゃないんですよね――なぜ私の名前を知ってるんですか?」 「あのー私は山武市の方でソフトウェア関係の仕事をしていまして……。私の住んでいる住所も山武市なんですが、まあ、緑の多くていいところで。んっと、えーっと、私は趣味は特別無いんですが、まあ、テレビゲームとかですかね。この間なんかは店で買ってきたゲームを7時間で全クリしてしまって、もったいない思いを――おっと」 美佳がぐいっと暁の肩をつかんで前に出た。 「まったく、いつまでもたもたと意味のない自己紹介してんの!早く本題に入りな。」 「ああ、そうだったな。」暁は息を飲み込んだ。「―で、本物のほうの曉一さんのことなんですが――」 「! 曉一を知ってるんですね? ――曉一は、今、どうしてるんですか?」 絵里子は水を得た魚のように顔をパッと明るくさせると、くいつくように言った。 「もしかして、あなたがたは曉一の知人の方ですか?――」 「あ、はい、ええ、そんなようなものです。」 暁は慌ててそう答えてしまった。 「よかったあ。曉一、新しく友達ができたから紹介しようって言っていたんですよ。それがまさか曉一似の人だなんて一言も言ってなかったのに――曉一お得意のサプライズですね! それにしても、肝心の曉一がまだきてなくてすみません。あ、私改めて自己紹介しますが、成宝絵里子といいます。」 「あ、どうも。」 暁も挨拶した。美佳が暁の尻をギューッとつねる。 「おい、なんだよ。」 暁が声を潜めて言う。 「あんた、何はなしめんどくさくしてんのよ。早く本題に入りなって言ってるでしょ。」 「あ、そちらのかたもお仲間なんですか。」 絵里子が気づいたように美佳のほうを見て言った。 「はい、八田美佳と言います。はじめまして。」 美佳も挨拶する。 「お二人はカップルなんですか?」 絵里子が二人に聞いた。その言葉を聞いた暁と美佳はお互いのほうを一度見た後、 「っ、フンッ!」 逆のほうに顔を背けた。 「……違う……みたいですね。」 それを見た絵里子は悪いことを言ってしまったと思って失笑した。 「わたし、今日曉一にプレゼント持ってきたんですよ。」 一段落してから絵里子が言った。 「プレゼント?」 「ええ。」 絵里子は微笑んだ。 「ほら、これですよ。」 絵里子はバッグからそのプレゼントを取り出した。 「あ!」 暁と美佳は固まった。 「いいでしょう。近くの海岸で拾ったんです。」 それは、暁が救急隊員の人から渡された貝殻と全く同じ、貝殻だった。 「なんか、かわいいでしょう。曉一、こういう海のもの、好きなんですよね。」 暁はポケットからあの貝殻をとりだした。 「えっ……?」 絵里子が驚く。美佳は息をのんだ。暁はしばらく手に取った貝殻の方を見ていたが、絵里子の方にゆっくりと目を移した。 「これ……曉一さんから預かったものです。」 「え……?」 絵里子はまじめな顔になると、聞いた。 「曉一は……、曉一は今日来るんですか!? あなたは、誰なんですか?」 「曉一さんは、曉一さんは亡くなったんですよ。」 「えっ……!?」 そのとき、絵里子の顔から表情が消えた。しばらく絵里子は固まっていた。しかし口を開くといきなり、 「信じません!」 ときっぱりした口調で言った。 「そんなことは信じません!あなたたち、曉一から頼まれてそんなこと言うんでしょう!? ほんと臆病な人。直接言いたくないからって、友達だかなんだかわからない人に嘘を言うように頼むなんて。――、友人に嘘を言うよう頼んで私を捨てようとしてるんだわ。」 「いや……、そうじゃなくて……。違いますよ。あんた曉一さんが浮気しているんじゃないかなんて邪推してるみたいだけど、曉一さんはあなたのことを思いつづけてたんです。死ぬ間際まで。一緒にこの灯台に来たいって。」 「――!」 しばらく沈黙が流れた。 「曉一さんから預かったんです。この貝殻を――。」 「――私が曉一と会ったのは中学の時でした。」 絵里子は曉一との出会いについて話し始めた。 ――私は骨の病気で体が弱くて、内気な子でした。中学の時、私は家に帰るのが嫌で、学校の帰りはいつも家の近くの河原で時間を過ごしていました。ある日、ふと川を渡ってみようって思いついて、何でそんなこと思ったのかわかりません。でも、その頃の私は何でかなんて考えなくて、川に入っていったんです。途中魚が泳いでるのを見つけて夢中で追ってるうちに、川底のこけの生えた石で足を滑らせて――。泳ぎは得意なはずだったんですが、川の流れで体が仰向けになったとたん、パニックに陥ったんです。そのまま水を飲みまして、意識が薄らいで流されているところに、同じ学校の――それでも最初は親しい方ではありませんでしたが――曉一が泳いで助けに来てくれたんです。曉一は私の顔を水の上に引き出すと、川辺まで泳いで連れて行ってくれました。その川は、今でもこの海に流れ込んでいる川です。その後、私と曉一は同じ高校に行って良い友人として過ごしたのですが、高校を卒業したあとは、別れ別れになりました。 ――うちの母親は引きの強い方で、しかも旧守的な封建主義者でした。なのでわたしのこれまでの人生の路線は良妻賢母、すべてわたしの母親に決められてきました。やりたいことがあっても、好きなことがあっても、すべて制限されてきました。仕事も母親が決めました。手堅いところがいいだろうって、公務員で。でも、そこで曉一さんと再会したんです。かれは写真家になっていて、私は役所のキャンペーンで一緒に仕事をする機会がありました。彼はとても立派な大人になっていて。そこで昔の話をしたりして、で、こんどは恋人関係になったんです。より親しくなればなるほど、結婚したい気持ちは大きくなってきたのですが、やはり母親が了承してくれませんでした。それどころか、勝手にお見合い話を持ってきて、その男と結婚しろと。わたしは独り立ちするにはまだ社会のことを知らなすぎるし、そのころはまだ病気が治りきってなくて、駆け落ちしてまで結婚することはさすがにできなかったんです。 「そんな親の言うことなんて聞かなくていいのに。」 美佳が口を挟んだ。 「ええ、でも、私には勇気がなくて――。」 それから、絵里子はこの灯台への思い入れについて語った。 ――私は今日まで一度も来たことなかったんですが、曉一の方はこの灯台をよく訪れていたらしくて、当時はここの展望台だけでなく、灯台のてっぺんの展望台にも入れたそうなんです。曉一はこの灯台から見える景色をながめるのが好きで、その話をよく私にしてくれました。彼はその景色のうち、特にカモメが海の上をさすらうのを写真に納めるのが好きで。若山牧水の「海の青 空の青にも 染まず漂ふ」の話をしたりしていました。 「――彼は少しでもいい絵を撮りたいと言ってました。でも普通の写真家と違って、何回も撮り直したりしないんです。一番いい瞬間を捕らえるにはジャストで撮らなければいけないんだと。だから彼はいつでも一眼レフのカメラを持ち歩いてました。それでもよくシャッターチャンスを逃したって悔しがってました。」 絵里子は悲しげな顔をしながらもはにかむように少し笑った。しかし、すぐにまじめな顔に戻った。 「『今度君を連れて灯台に行ったらカモメと夕暮れを背景に君を撮ってあげよう』って。なのに、それきり曉一からは連絡も何もなくて……。その頃から友達や母親や周りの人から『曉一は他の女性とつきあってるみたいよ』とかいろいろ言われるようになって、私はてっきり本当に曉一の心が離れてしまったのではないかと思ったんです……」 絵里子は手の甲で目頭を押さえた。日は落ちかけて風が強くなり、いつの間にか周りに人はいなくなっていた。 「私を灯台に連れて行ってくれるって言ってたのに、――何で約束を果たしてくれなかったの? 曉一――。先に、死んじゃうなんて。」 絵里子さんはしゃくり上げた。手の甲が夕日に照らされて光る。 「曉一さんはあなたのことを思いながら死にました。」 絵里子は顔を上げて暁を見た。暁はポケットからあの貝の殻を取り出した。 「これ、曉一さんがあなたに渡してくれと、救急隊員の方に預けていたものです。曉一さんは死ぬ間際に、あなたを幸せにしてやれなくて『ごめんな』って、言ってたそうです。曉一さんがあなたのことを思いながら死んだのと同じように、あなたも曉一さんのことを思っているから今日ここに来たんじゃないですか。それに、曉一さんはあなたを裏切ったりしませんよ。」 「――」 「私が言うのもなんですが――、あなたは今日ここに来た。あなたの中で曉一さんは生きていて、その曉一さんがあなたをここまで連れてきたんじゃないでしょうか。この灯台まで」 すると絵里子は声を出しながら泣き始めた。 「――わかってるんです。わかってるんです。あの人が、私を捨てたりなんてしないって――。でも、寂しかったんです。一人だけで暮らしているのが――。日々の些細なことでいいから、話し相手が欲しくて――。」 涙が絵里子のほおを伝った。 ◆ ◆ ◆ この展望台での出来事の後、絵里子と暁たちはときどき連絡を取り合うようになった。 数週間後、絵里子が暁と美佳に是非見てほしいものがあると言って、会う約束をした。その見てほしいもの何かというと、山の森だった。ふもとで絵里子と合流した暁と美佳は、アウトドアの格好をして、絵里子の先導のもと山に登ることになった。周りの景色は斜面にただ背の高い木がたくさん立っているだけだ。その日は風もなく、木々の葉のこすれるような音もしない。地面は落ち葉で埋め尽くされ、数日前の雨のせいだろうか、ちょっと湿っていた。所々木洩れ日が落ちる中を三人は登った。 「あー疲れたー」 ハアハア息を上げながら、美佳が何ともなしに言う。すると暁が後ろを歩く美佳を振り返って言った。 「おまえは日頃運動しなさ過ぎなんだよ。健康番組でナントカ体操とかばっかテレビで見てな。あんなので健康が保てるわけ無いだろ。」 美佳は不満そうな顔をした。 「現代人は敢えて運動不足を受け入れるのが美徳なんです〜。」 先頭の絵里子は何も言わずにただ黙々と歩く。 「あ、まって、絵里子さん。」美佳はわざと笑顔になってはしゃいだような声を出すと、話を無理矢理切って暁を追い抜いた。「ほら、ギョーもさっさと歩く! 男なら後ろを振り返るな!」 しばらく歩くと、前方上の木の上で何か作業をしている人が現れた。その人は腰に作業用の道具を付けて、なたのような道具を持って木の枝を切り落としている。暁は近づいていってわかったが、その枝を切っていたのは40代ほどのおじさんだった。 「和茂《かずしげ》さーん!」 絵里子が呼びかける。するとその木の上のおじさんは作業を止めて、下を見た。 「おや、絵里子さんでねえか。」 おじさんはナタを腰に付けた革におさめると、ロープを掴んでスルーッと地面近くまで降りてきた。 「何をしていらっしゃるんですか? 木の枝を切っているみたいですけど。」 美佳がおじさんに向けて聞く。 「木落《きおとし》だ」 おじさんは大きな声でそう答えた。スタッと地面に降りる。 「木落?」 数分後、三人は切られた木がつくった少しひらけた場所で飲み物を飲みながら、薪割り中の和茂と話をした。飲み物は和茂というさっき木の上にいたおじさんが持っていた水筒の清涼飲料水を、近くの倉庫に置いておいた紙コップで分けたものだ。そして美佳が先ほどの質問をまず和茂に聞き始めた。 「木落って何なんですか?」 「木落っつーのはそのまんまで木の枝を落とすこっだ。枝を落として栄養を奪う余計な枝を切る。すると木が良く育つ。光りが地面まで届くようになって、陽樹も下で育つことが出来る。すると山が豊かになる。生き物がたくさん住む山になるんだ。」 和茂は薪割りをしながら答えた。カコーン。音が森の中に響く。 「どんな生き物が住んでいるんですか?」 暁が聞く。和茂は暁に目を移した。 「ほんとにいろいろだ。いろいろ。虫が住み獣が住み鳥が住む。このあたりの森にはムササビとかハチクマとかなんかもいるんだ。」 和茂がそう言うと、 「曉一はよく自然観察にここに来ていました。水中写真家なのに、山の動物にも興味があったんですよ。」絵里子が付け加える。 「へぇー、ムササビかあ。あれ、空飛ぶやつでしょ。暗闇の中をこうすーっと」 美佳が手を片手をすーっと動かした。 「ええ、夜しか観られないんですが、遠くから見てもかわいいですよ。」 絵里子が顔をほころばせる。 「失礼を承知で聞かせて貰うんですが、和茂さんはもうだいぶお歳ですよね。林業って重労働だと思うんですが、大変じゃないですか?」 美佳が和茂に聞く。すると和茂はナタで薪を割りながら、 「ま、わしは日頃鍛えとるからな。――」 と笑った。 「でも最近は後継者がおらんでね。このままでは林業も続けらんごとなって、山は荒れるかもしれねえなあ。収入も良くないし山だけでは家族に食わしていげねえから。最近は海外の安い木がたくさん入っできてっしなあ」 「そうなんですか。」 「それにこの山ももう終わりだ。今度ゴルフ場がこの山に出来る」 「ゴルフ場?」 それまで黙って飲んでいた暁が反応した。 「そうだ。守呉《かみご》ゴルフ場といってでっかいゴルフ場が出来る。そうなりゃ林業ができんのはあたりまえどころか、山に生き物は住めんぐなって、川には土が流れ出す。そいつが海に流れ込めば海の生き物も住みずらくなる。」 和茂は海のほうを眺めた。 「知り合いに漁師仲間がいでな。だいぶ心配しているよ。ところで、ゴルフ場の話は曉一さんも知っとるでねえか。なぜ聞くっだ?」 「えーっと、それは」 「そこの方は曉一さんじゃなくてそっくりさんの暁さんって言う人なんです。」言葉に詰まった暁を絵里子がフォローする。すると和茂は暁を見ながら口をだんだんに開けて 「えっ?」素っ頓狂な声を出した。 暁は和茂をまっすぐに見ていたが 「なんと、そっくりさんだで?」和茂は頭をひきながら口を開けて驚いた。 「はハァ、こりゃたまげた!」 そして気づいたように真面目な顔に戻ると。 「兄弟かなんかかな?」と暁に聞いた。 「いえ、他人の空似です。」 暁は答える。 「はぁ。」 和茂はしばらく無言で考え込んでいたが、すこしすると聞いた。 「――じゃあ、曉一さんはどうしているっだ?」 絵里子が曉一が死んだことを和茂に伝えるのには少し時間がかかった。 「そうか、曉一さんが亡くなったか!? 道理で最近顔見ねえど思ったんだ。」 和茂は乾いた目を手の甲でこすった。 「そうか、そうか……。」 少しして、おばさんらしき人が斜面を登って和茂たちのところへ来た。 「あんた、弁当持ってきたよ。」 「おお、すまねえな。」和茂は薪割りをやめた。 「あ、絵里子さんと曉一さん、お久しぶりじゃない。」そのおばさんは駆け寄ると絵里子の手をとって笑う。 「そちらの方は知り合い?」 「そうです。美佳さんって言います。」絵里子が答える。 「どうも、はじめまして、美佳です。」美佳は頭を下げた。 「私は和茂の妻の日和《ひより》です。こんな山奥までようこそいらっしゃいました。」おばさんはにこにこしながら挨拶した。そして気づくと 「そうだ、あんたその弁当皆さんに分けなさい」と和茂に命令した。 「ええ、俺の食ぶる分が減るでねえか」 和茂はいやがったが 「それ私が作った弁当なんだから私の管理下よ。わけて《、、、》食べなさい。」 「かなわねえや。」 結局は従った。 また絵里子たちは和茂の時のように暁が曉一でないことを日和に話した。暁が曉一でないと聞くと、やはり日和も驚いた。そして曉一のことで悔やみの言葉を述べた。 「日和さん、息子さんの体調は最近どうですか?」絵里子がコップを置き日和に話を振ると、 「うん、まあ何とかって感じですね」 日和はあまり笑わずに答えた。 「お子さんがどうかなさったんですか?」美佳が聞く。 日和は話した。 「うちの息子は若いのにリウマチにかかって、調子がいいときはいいんですが、調子が悪いときは歩くのがつらいぐらい関節が痛くて、ベッドから起きられないんですよ。何か治療法があればいいんですけど、医学の進歩を待つしかなくてねえ。……あら、どうもすみません、くだらない身のうち話などして。」 「いえ、とんでもない。」 すると和茂も付け加えた。 「息子の医療費がどうしてもかかっがらねえ。少しでも将来の暮らしのために、息子の治療費のために、お金を貯めておきたいんだけど、俺はずーっど山で働いてきだから、なかなか別の仕事にうづるのも難しっと思っだよなあ。でもゴルフ場が出来ればこの山を守るのも、俺の暮らしもこごまでだあ。」 ◆ ◆ ◆ その後、山を下りた三人は近くのコンビニで軽食を買い、休んでいた。暁だけ息を上げてヒィヒィ言っていた。 「何息上げてんのよ。ギョー」美佳が暁の額を突っつく。 「てめえ、俺は走ってスクーターに乗ってるおまえたちについてきたんだぞ。息上がってんのは当たり前じゃねえか。」 暁はなおもハァハァ言っていた。 「だってスクーターは二人までしか乗れないんだもーん。」 美佳が戯けると、 「てめえ……」 暁は美佳をにらんだ。 「ギョーは高校の頃陸上部に入っててね。結構体力あるんですよ」美佳は暁に視線を合わせず絵里子を見て言った。 絵里子はただただ苦笑している。そして暁はもう一度美佳を嗜めた。 「それからなんだその『きな○もち』《商標名》の量は。『カ○ル』《商標名》買ってんじゃねえんだぞ。袋にそんな団子みたいになるかよ。」 「いいじゃない別に、家に帰ってから食べる分も買ったんだから。もちろん支払いはギョーカードで。」 「……。」 怒りをこらえつつ、暁が自分が持ってきたタオルで汗を拭きながらア○エリアス《商標名》を飲んでいると、美佳が絵里子に聞いた。 「ところでずっと思ってたんだけど、なんで絵里子さんと和義さんたちは知り合いなんですか?」 絵里子が頷いて答える。 「ほら、曉一は水中写真家しょう。曉一は海を豊かにするためには山が豊かであることが必要だと言って、植林事業を推し進めてたんですよ。ここら辺の山には無理な伐採を人間がしたり、豪雨の時に崩れてハゲ山になったところがいくつかあったんですけど、そこに木を植えたり、人の手が加えられずに荒れたところを間伐と言って余計な木を切ったりする活動をしてたんです。」 「山が豊かになると、どうして海が豊かになるんですか?」 今度は怒りを抑えた暁が質問を付け加えた。 「山がきれいだとその栄養分が川を通って海に流れ込み、プランクトンが増えるんです。魚などの生物はそれを食べて育ちますから、山が豊かだと海の生物も豊かになるわけです。反対に川の上流で大規模な開発とかがあると、その土砂が海に流れ込んだり、海が富栄養化して赤潮とかになって海の生物は住めなります。」 「ふーん、そうなんだ。」美佳が納得する。 暁はア○エリアスをのみながら思い出していた。最後山を下りるときに暁たちは森の中のあるところに寄ったのだ。そこで木に立てかけてあった、山の神を表す小さな像に祈っていた和茂の姿が、暁の心に残っていた。 * * * アクエリアスのボトルをおろした暁が舌打ちをすると、いきなりセーブがワンワンと鳴き始めた。遠くから複数の車が走ってくるような音がする。 「!」 絵里子がいきなりコンビニの店の裏のほうへ方へ走り出した。 「ちょっと、あんた、どこ行くんだよ!?」 いきなりのことに驚きながらも暁は絵里子を追いかけた。美佳は目の前にいた絵里子が急に走り出したのであっけにとられて動くことすら出来なかった。絵里子はコンビニの裏に隠れようと走ったが、しかしすでに遅かった。絵里子と暁を後ろから男たちが追いかけて、じき絵里子は車の中から出てきたグラサンにスーツ姿の男達につかまった。美佳はあっけにとられて何も出来なかった。 「放して、放してください!」 絵里子は叫んだが、男達は聞く耳を持たず、車まで肩を持って引きずっていって絵里子を車の中に押し込んだ。 「こら、おまえ達なんなんだよ!」 暁が男達につかみかかる。ゴスッ。暁の腹になぐりが入った。暁も力が抜けたところで無言の男達によって車の中に押し込まれた。 「ギョー!」 「ワン、ワン!」 美佳が暁の名を呼んだときには既に車達は発進しようとしていた。車の扉が閉められるかと思われたとき、セーブがドアの隙間から車に飛び乗った。そして車は発進した。 「な、なんなのよ、あいつら――」 美佳は少しの間呆然としていたが、すぐきっとした表情になると、 「なんかわからないけど、追いかけなきゃ!」 スクーターにまたがり、スクーターのハンドルを回した。 * * * 車はさっき暁と美佳がスクーターで走ってきた道を抜けると、峠越えの道に入った。 「うう、寒くなってきた――」 美佳はその後をスクーターで追った。気密性のある車と違って、スクーターはもろに風を受ける。しばらく美佳のスクーターは車を追っていたが、プスプスと空気の漏れるような音がした後、止まってしまった。 「く、ガス欠かあ。こんなときに!」 前方の車はそのまま走り去って行き、見失ってしまった。美佳はヘルメットをとると、車の消えていった先を見やった。 ◆ ◆ ◆ それからしばらく経った後、絵里子と暁の二人は、大きな屋敷のようなところの外廊下を歩いていた。 「ここは、どこだ……?」 暁が呟くが、絵里子は顔をうつむき加減にしたまま何も言わない。二人は先ほど黒スーツの男たちに車に押し込まれて連れ去られた後、この屋敷に連れてこられたのだった。今は、数人のスーツ姿の男たちに護送されながら、ただ歩けと言われてどこかに連れて行かれている。 「知ってるんだろう? あなたは。ここがどこだか」 もう一回暁は言うと、黙ったままだった絵里子が口を開いた。 「……ここは大築家です。」 「大築家?」 暁ははじめてその言葉を聞いたせいで、その言葉の意味がわからなかった。 「ここのあたりではよく名の知られた昔からの豪商の家です。たくさんの人がここで働いています。その内部事情は謎で、今では犯罪まがいの行為にも手を染めているとも言われているんです。」 「そんなところがあんたに何の用なんだ?」 「それは……。」 絵里子はまた黙り込んでしまった。暁は息を飲み込むと、そのまま歩くことにした。すると、今度は目の前にある光景が見えてきた。 「弓……?」 それは弓道場だった。複数の大築家の人々が弓を放っている。 ビュ ダッ、ダン ビーン ヒュン たくさんの弓から放たれた矢が的に当たったり、外れたりして土に刺さるのが見える。そして、その弓を放っているもののうち一人の男が、暁たちのほうを振り向いた。 「見ない顔だね、お二人さん、新入りかい?」 「……。」 絵里子は無言のままだ。代わりに暁がその男に聞いた。 「ここでは弓、やってるんですか」 いきなり聞かれた男はすこし面くらった顔をしたが、 「大築家に入った者は皆弓道の練習をしなければいけないのさ。そしてけんかごとの勝負も弓で決める」と言ったあと、 「その言い方を見ると、君は何か弓に興味がおありで?」 と聞き返した。 「昔、洋弓をやってまして……。少しは。」 暁は少しふてくされた顔でそっぽを向きながら答えた。するとその男は微笑んだ。暁は少しそれに驚いた。そしてその男はもう一度的の方を向いて矢をつがえながら言った。 「それは、面白そうだ」 男は矢を放つ。そしてまた暁のほうを見ると弓を突きだして暁に勧めた。 「どうだい、ちょっとやってみないかい? 和弓を」 「え、今ですか?」 すると暁たちを護送していたグラサンを掛けた男の一人が手で制止し言った。 「村上様、こちらの二人は連行中です。声を掛けないでもらえますか?」 「……ああ、そう。そうなんだ。ごめんね」 村上と呼ばれた弓の男は残念そうな、あるいはそうでもないような表情を浮かべたあと、また前を見て矢を放ちはじめた。 「ほら、早く来い。」 スーツの男が暁を突っつく。暁は厳しいままの表情で、絵里子はうつむき加減のままで不安そうな顔をしたまままた歩き出した。 *** しばらく後、暁と絵里子は広い和室に座っていた。そこはほんとにだだっ広い和室で、何部屋も連なったそれぞれの和室が、ふすまを取り外されて広い空間になっていた。時々外から鳥の鳴き声だとか水の流れる音が聞こえてきたが、部屋の中には暁があぐらをかいて座っているのと、絵里子が正座で座っているのみだった。横ではセーブが吠えたりもせず静かにしてしっぽを振っていた。 しばらく二人と一匹は無言のまま座っていたが、絵里子が暁の耳元でささやいた。 「暁さん、これからさきはこの家の誰に何を聞かれても、曉一のふり《、、》をしてくださいませんか?」 「えっ、それってどういう……」 暁がそこまで言いかけるとすーっとふすまが開き、暁と絵里子の正面の右奥の扉から50才代程度だろうか、長いひげを生やした男が入ってきた。その老齢の男はドスドス畳の床を歩くと、暁と絵里子の正面にドッと座った。二人は前を向いた。 「久しぶりだな、絵里子さん、曉一さん。お元気にしてたかな。さて、挨拶はともかく、用件から入ろう。絵里子さんと公一の婚約話の件なのだが、曉一さん。よくも君は婚約者を私の息子から奪おうなどと考えられたものだな。」 「は?」 男は目の前にいるのは曉一でなく全く別人の暁であるということに気づいていなかった。 「あのー、あれは誰?」 暁が絵里子の耳元で小さな声で聞く。すると、絵里子も小さな声で答えた。 「あの人は私の婚約者であり私と曉一の学生時代の友人である大築公一の父親、孝義さんです。この大築家の現当主でもあります。」 「婚約者?」 絵里子は無言で頷いた。 孝義は話を続ける。 「うむ、つまり今日は、是非とも、公一に絵里子さんのことを譲っていただきたい、そうお願いしたいと思って呼んだ次第ということだ。曉一君がそのことに関してどうしても譲らないと私の息子が言っておったのでな。」孝義はわざとらしく咳払いした。 「ええっと……」 暁がよく状況を理解できずに言いよどむと、いきなり部屋のふすまが開きまた別の男が入ってきた。今度は暁と同じくらいの年齢だ。 「とうさん、絵里子がうちに来たって本当かい?」 「ああ、今話しているところだ、公一。招待した《、、、、》時に一緒にいた曉一君も連れてきた。」 「!?」 暁はこの男がいっしゅん怖い顔をしたのがそれとわかった。そしてそれだけでなく、暁も驚いた。この男――あの崖にいた男だ。そう、この男は大築家の次期当主で孝義の息子、そして絵里子の婚約者の公一だったのだ。 「公一、忙しいところよく来てくれた。どうだ、計画のほうの進捗状況は。」 「ああ、今度県のほうから業務を請け負える。県の担当者のほうに渡す金も用意してあるから、問題ないよ。」 公一は作り笑いをしながらも、怖い顔をゆるめることはなかった。受け答えしていないときは床の上を見つめて、少しおびえているような顔をしている。 「どうした公一」 公一の異変に気づいた孝義が聞いたが、 「何でもないよ。」 公一は無理矢理笑顔を作って答えた。 「おい、神谷。コーヒーを3杯持ってきてくれ。」孝義が神谷と呼ばれた男に言いつけた。 「はっ。」 返事をすると、男はすっと立つと奥に消えていった。 「今すぐにはコーヒーくらいしか用意出来んが、お二人はどうかな?」孝義が二人にすすめる。 「お気遣い申し訳ございません」絵里子は丁寧に言った。 一方の暁のほうは絵里子のほうと孝義のほうを交互に見たあと言った。 「あいにく私はコーヒーは苦手なんですけど。」 「おや、曉一君はコーヒーはブラックが好きなんではなかったかな」孝義が不思議そうな顔をする 「そうなんですか?」暁が耳の近くで小声で絵里子に聞くと 「曉一はブラック以外のコーヒーは飲まないんですよ」絵里子もヒソヒソとした声で暁に教えた。 「曉一さん、さっきから様子が変だがどうかしたのかな」孝義はなおもキツネにつままれたような顔をした。 (どうしようか、自分は曉一さんではないと言った方がいいかな。でも絵里子さんがああいってたしな……)暁は思考をめぐらす。そして暁の頭にあるアイデアがパッと浮かんだ。 「いやあ、どうも崖から転落して記憶喪失になったみたいで……。大学生以上の記憶が思い出せないんですよ。お久しぶりですといえばいいのでしょうか、孝義さん。」 暁はその時公一がハッとした表情を見せたのに気がついていた。 「記憶喪失!?」 公一も孝義も(そして絵里子も)驚いて声を上げた。 孝義がまた咳払いをすると「それは大変なことだったな。では、私のことも覚えてらっしゃらないのかな。曉一君。」と聞く。 「ええ、申し訳ありません。」暁は頭を下げた。 「ふむ……わしと会ったのは公一が大学の頃だからな。それは残念だ。ところで、わしはここで失礼させてもらう。――公一。わしは村上さんとの用件があるから、あとはコーヒーでも飲みながら三人でじっくり話を付けてくれ。それでは、絵里子さんと曉一さん、お元気でな。」 孝義はドタドタ音を立ててまた慌ただしく部屋を出て行った。 孝義が部屋を出て行ったのを確認すると、公一が暁のほうに向き直って得たり顔で言った。 「さて、それにしても曉一。記憶喪失とは大変なことだったな。」 「ん?ああ。」暁はこの嘘が言ってよかったのか考えあぐねていていた。 公一は話を続けた。 「ま、それはともかく、絵里子の話だが。前も言ったとおり……って覚えてないか、絵里子は僕の婚約者だ。それはもう両家で決まっている。全く関係ない君が出しゃばる問題じゃない。」 すると暁はどぎまぎしながら、 「いや、ですけれど……だけど、絵里子さんが好きなのは曉一、ほら、私……えっなに、俺……、ああ、俺なわけだから。だから簡単に譲るわけにはいかないよなあ……なんて思うんだけど。」 絵里子に突っつかれながら言う。 「フッ、つまり絵里子にふさわしいのは自分だというわけか。しかし、僕には曉一が絵里子を幸せに出来るとは思えないけどなあ。」 公一はクツクツ笑い出した。それをみて暁は半分アセり笑いしながらもちょっとカチンと来た。 「なんだって?」 「曉一は写真家になったって聞いたけど、写真なんか撮ったって何が変わるわけでもないだろう。せいぜい目の栄養になるくらいか。それより、僕は今ゴルフ場の建設計画を進めている。守呉《かみご》ゴルフ場って言うんだけどね。もうそろそろ土地の収用が終わって、建設にはいるんだ。」 公一はしたり顔だ。 「守呉ゴルフ場?……もしかして、あの山のゴルフ場建設計画って」 「何だ、それは覚えているのか? そうさ、守呉川の上流に出来るのさ。」 暁は身を乗り出して息巻いた。 「なんでそんなことを……。あの山は和茂さんが、――林業に携わる人たちが何十年もかけて育ててきた木がたくさん生えてるんだぞ。動物だってたくさん住んでいるし、――それに、あの山がゴルフ場になれば、川が汚れる。曉一さ……おれに仕事場を与えてくれるあの海も汚れてしまうかもしれないんだぞ!」 公一「なんでだって? 簡単な事さ。そうすればうちには金がたくさん流れ込んでくる。それに曉一、おまえが大切にしてきた海を汚せるなんて、楽しい限りじゃないか。」 「――!」 暁は絶句した。すると公一はすっとぼけたような顔で 「和茂――? ああ、そう言えばゴルフ場建設に反対する署名を集めたメンバーの中にそんな名前の奴がいたね。うちは耳が早いからこういう情報もすぐはいる――。ははっ、あんな山にすがって、金にもならない仕事をして生きようなんて、しみったれた奴もいたもんだな。」 と付け加えた。 「てめえ……!」 暁が憤怒していると 「ほんと、あきあきするわ――。あなたには。」 絵里子が突然口を開いた。 「――!」公一の目に震怒がうかんだ。 「大学の時と全く変わってない。少しは元のコウちゃんに戻ってるかもしれないって思ってたのに……ぜんぜん。あなたは人の痛みって言うものがわかってない。」 「それってどういうい……。」 暁が吃驚する。暁は絵里子の厳しい口調に驚いた。 「――あなたはあのときも曉一を陥れようとした。そうよあの時だってそうよ、覚えてるでしょ、私たちの大学入試の時だって。曉一だってたくさん勉強して準備してた大事な大学入試だったのに、あなたは携帯電話のアラームをいじって試験中に鳴らさせた! 試験会場のど真ん中で――!」 絵里子はなおもきつい口調で公一の目を見て話し続けた。「曉一はアラームのことで咎め立てされて、試験は失格になった。そうよ――あなたは人の痛みってものがわかってない。あの時どれだけ曉一が傷ついたか……。あなたにはわかってないのよ!」 そこまで言い終わると絵里子は咽び泣いた。 そのとき暁にはある決意が胸に浮かんでいた。 絵里子の発言を聞いた公一は反論した。 「君こそなぜそのことばかり責めるんだ? それはもう昔のことだ。それに僕が変わったと変わってないとか言ってるけど、僕は大築家の次期当主、そのことは僕がこの世に生を受けたときから一切変わってないんだ。それに、君はそんなに曉一のことが――」 「結婚させてくれ!」 「え?」公一と絵里子はいっしゅん何を言われたかわからずに固まった。 しかしその言葉を言った暁はきっと公一を見据えると、 「絵里子をおまえにやるなんてとんでもない。結婚を許してほしいのは俺のほうだ。公一、俺と絵里子さんの結婚を認めてくれ!」 暁は一か八かのかけ《、、》にでた。 「弓で勝負しよう。あんたも大築家の次期当主なら弓くらい出来るはずだ。この家ではけんかごとは弓で決着を付けると聞いた。だから、弓の勝負と行こうじゃないか」 「勝負だって? 」 「そう、もし俺が勝ったら、絵里子さんとの結婚を認めてくれ。ゴルフ場の建設計画も白紙撤回するんだ」 「いきなり言われてもな。」 「逃げるのか。かつての友人と勝負するのが怖いか」 「フッ。そこまで言われたらやらないわけにはいかないね。いいだろう、受けてやる。ただし僕が勝ったら絵里子との結婚を了承することだ。それと、これは賭けだ。その犬も、譲ってほしい。いいな」 セーブがワンと一吠えした。 ◆ ◆ ◆ 暁は和弓をやるのは初めてだったが、前も言ったとおり、大学の頃アーチェリーサークルに入っており、弓にはある程度自身があった。洋弓にせよ和弓にせよ矢を放って的に当てることには変わりない。勝機はある。だいたい、和弓の道具の数は洋弓と比べればたいしたことない。扱いはそんなに難しくないだろう。何本か放てば体も和弓のクセに慣れてくれる。 「あれ、美佳の犬なんだけどなぁ。――賭けに使っちまった。」 暁は呟いていた。二人はその日は広大な大築家の建物の中で一泊することになった。家に帰ることが許されなかったのだ。携帯電話も没収され、外部と通信する方法もなかった。二人は夜廊下で会い、暁が絵里子に声をかけた。 「あのー、私が本気であなたと結婚したいと思ってるわけじゃないですからね。あの公一とか言う奴のことを見ていたら黙ってみていられなくて……。」 「――わかっています。」 そう絵里子はいうと突然くすっと笑った。 「あなたも、やさしい人ですね。なんか、曉一とどこか似てるような――」 「えっ、そうなんですか……? いや、ほんと何も気持ちがある訳じゃないですからね。あの、俺はただ、あなたにもっと実感を持って人生を生きてもらいたいなっておもって……。」暁はなんともなしにあわてた。 「――俺も人のこと言えるタチじゃないですけど。勝負に勝って、すこしでもその見本みたいなものを見せたいんです。」 絵里子はそんな暁のことを見ていたが、こんな話をはじめた。 「私の父は天文学者だったんですが、その父が私と一緒に夜空を見上げながらよく言っていました――。『古今東西、月は俳句などあらゆるものに詠まれてきた。それだけ月は風流だ。月は人々の生活に潤いを与えている。月は太陽の光を反射して、太陽の存在を太陽の見えない夜の間も伝えている。また、月は明るい。月が出ているのと出ていないのでは電灯のないところでは全く違う。それこそ月明かりと言って一見暗闇のような周りをうっすらと照らし出すんだ。月は森の中で迷ったときに、方向の手がかりにもなる。――また、月には模様がある。これも、まったく人々にこの模様はなんだろうとか、いろいろ考えさせるためにあるってことさ。』」  絵里子は一呼吸置くと、話を続けた。 「――今は曉一はもういません。でも、わたしは曉一の残した光のおかげで、今は光っています。もう曉一がこの世にいなくても、月が太陽の存在を示すように、誰かの心に、どこかしらにその存在を確かに残して、曉一の思いを伝えていきたいんです。」 「――あらあら!お二人さんこんばんは。」 いきなり横から廊下を歩いてきた初老の女性が声を掛けてきた。 「麗空《れそら》さん。」絵里子がその人の名を呼んだ。 「あのー、失礼ながら誰ですか?」 暁が質問する。それを聞くとその初老の女性は絵里子と暁の方をそれぞれ向いて、お辞儀しながら答えた。 「絵里子さん、お久しぶりです。そして曉一さんでしたっけ? はじめまして。私は孝義の妻の麗空と申します。」 「孝義さんの奥さんですか」 「はい。今回は孝義と公一がご迷惑をおかけして申し訳ありません。絵里子さんとゴルフ場建設計画を賭けて勝負することになったんでしょう? ほんとうちのバカ息子とバカ親父はくだらない意地張って困りますわねぇ。自分たちは大築家の男だからエラいんだって顔してますけど、私や炊事担当がいなきゃカレーライス一つ作れないくせに――。」 目で笑うと、 「そう、私がうちの孝義と結婚するって話が出たときは、孝義は『自分は結婚したいから結婚するんだ』とか言って親を困らせたわりには、女のほうの意向は全然考えないんですもの。ま、今では私がそのバカ親父を尻に敷いて、後悔させてやってますけどね。」 オホホ。麗空は口に手を当てて笑った。 「曉一さん、明日の弓勝負、勝って絵里子さんを自由にしてやってください。今日はいろいろあって大変だったでしょうから、二人とも、ゆっくり休んでくださいね。では。」 そう言い残すと麗空は廊下の闇の中に消えていった。しばらく絵里子はそれを見届けていたが暁の方を振り返ると、口を開いた。 「曉一の願いが、海をきれいにすることだって前話しましたよね。それには理由はあるんです。」 曉一は小さい頃家族と一緒に海水浴場に遊びに行ったときに、溺れたことがあった。それをライフセーバーの人が助けたのだ。絵里子が川で溺れたときに助けたのは、ライフセーバーの人から受けた恩を返すためでもあった。曉一は絵里子を助けた後、絵里子と一緒にその海水浴場にライフセーバーの人を訪ねたことがあった。 「すげえだろ兄ちゃん。俺も溺れてる人を助けたんだぜ! ほら。」 曉一は絵里子の肩をポンポンとたたいた。絵里子ははにかみ笑いをすると自己紹介した。 「あの、は、はじめまして。絵里子と言います。あの、はじめまして。」 「はじめまして。絵里子ちゃん。それにしても曉一が人を助けたなんてなあ。偉い偉い。」 そのライフセーバーの兄ちゃんはまだ小さい曉一の頭をクシャクシャッとなでた。 「あー! ほんとだと思ってないだろ。俺ほんとに溺れてる人助けたんだから。」 ハッハッハ。ライフセーバーの兄ちゃんは愉快そうに笑った。 「おーい、そっちはどうだ。どんくらいゴミ集まったか?」 遠くからビニール袋を持っている仲間の声が聞こえる。手に持った袋に入っているのは、砂浜に落ちているゴミだ。 「こっちも結構たまってる!」 ライフセーバーの兄ちゃんが持っている袋には、たくさんのゴミが入っていた。 「すげえ、こんな量のゴミどこにあったんだ?」 曉一が聞いた。 「砂浜にね、落ちてるんだよ。砂浜に遊びに来た人が落としたり、海から波に運ばれてはるばるやってくるものもあるんだ。こういったゴミを集めるのも、ライフセーバーの仕事さ。海で商売してるんだから、海はきれいに保たないとね。」 「ふーん。」 曉一はしばらくゴミを見ていたが 「俺も手伝う!」 そういってビニール袋をひったくった。 「お、うれしいねえ。」 ライフセーバーの兄ちゃんは片笑んだ。 「兄ちゃん、このゴミなんか変な記号が書いてあるぜ。」 曉一が砂浜に落ちていたゴミを手に取って言った。 「それはハングルだな。韓国の文字さ。韓国で誰かがそのゴミを海に捨てて、波で運ばれてきたんだろう。日頃暮らしていると日本の外のこととか考えないけど、こういうの見ると世界はつながっているんだ、決して自分と無関係じゃないんだって思うよ。」 兄ちゃんは海のほうを目を細めて見た。 「ここらの海も、ゴミだけじゃなくて汚い川からの水があるから、そう簡単にはきれいにならないんだよな。工場からの廃液もそうだし、家庭排水もそうだし、将来は上流の近くにゴルフ場計画があるなんて言うからなあ。――俺は小さい頃からも遊び場になってくれたこの海を守りたいんだ。でも、そう思い通りにもなかなか行かない。難しいことなんだよ。」 ライフセーバーの兄ちゃんは寂しそうに笑った。 その日の夜、曉一と絵里子は海岸にいた。ライフセーバーの兄ちゃんに引き留められていたのだ。それはライフセーバーの兄ちゃんが「あるもの」を二人に見せようとしたからだった。三人は砂浜の近くで水の中に網を放った。 「なにがいるんだ? 兄ちゃん。」 「まあ、みてなよ」 兄ちゃんは網を引き上げると、網に引っかかったものを網の一カ所にまとめて、その中のものが集まった部分を揉むようにした。 「よく、見てごらん?」 「え、なに?――うわあ!」 二人の目に映ったのは、網の中の青い光りだった。それは暗闇の中でまるで蛍の光のように、幻想的な青い光りで、線のように軌跡を残しながら光っていた。 「兄ちゃん、これ何なんだ?」 「これは、ウミホタルだよ。」 「……ウミホタル?」 絵里子が顔を兄ちゃんのほうに向けて言った。 「そう、ウミホタル。君たちはもう習ったかな? ミジンコって言うどこの池にも住んでいる小さな生物がいるんだけど、その仲間なんだ。きれいな海の、砂浜にしかいないんだよ。危険を察知すると、こういう風に青白い光を発する物質を放つんだ。」 「ふーん」 絵里子は窓の外を見やると、暁に言った。 「わたしにとってその神秘的な光は、幼い頃の曉一との思い出として、心に強く焼き付けられました。もう二度と誰とも共有することのない、大切な思い出として。そしてライフセーバーの方はこう言いました。『曉一、おまえが大人になったら、海をきれいにしてくれよ。――』と。」 ◆ ◆ ◆ 次の日も風が強い日だった。しかし昨日の陽気はなく、空には暗雲が立ちこめていた。暁と絵里子は大築家の中の弓道場に来ていた。 「これを使え。」 暁は孝義から弓と矢を渡された。暁は弓の弦を軽く引いて感触を確かめた。 「ルールは簡単。それぞれ交互に三回ずつ矢を放ち、三本のうちすこしでも中央に近い矢を放ったものを勝ちとする!――」 暁は先ほども言ったとおりアーチェリーはやったことがあるが、和弓は初めてだ。なので簡単に道具の使い方だけ教授して貰うことになった。そしてその教える役を担ったのは、暁たちが屋敷の中を連行されているときに会ったあの村上という男だった。 「胴にこれを付けて」 村上が装備を差し出す。暁は言われるままにそれを付けた。床には矢が数本用意してある。 「弓は指先でクルッと回すんだ。いいかい、矢を放つという行為はすでに矢をつがえるときから始まってるんだよ。雑念を捨てて、視線は目の前のどの物にも合わせずただ心を掴むんだ。さあ、矢を二本、床から取り上げて、……」 暁は言われるままに矢を拾い上げた。 「弓に合わせた後、すーっと滑らすように矢をつがえるんだよ。指先でクイッと……。そうだ、そうそう。なんだ、うまいな。よし、OK。」 村上は手をたたいた。暁は村上に軽く頭を下げた。 「よっと」 美佳はジャンプした後地面に降り立った。美佳は大築家に潜入していた。なぜ大築家に暁と絵里子がいるとわかったかと言えば、セーブの首にGPSがついていたからだ。おかげで暁と絵里子が連れ去られた場所は美佳はわかっていた。大築家の屋敷は屋敷という名にふさわしく、土地は広いし、正統派の日本風屋敷である。敷地の中には奥が見えないほどたくさんの土蔵が並び、空間には美しい庭が造られていた。美佳ははしごを持ち出して、塀の屋根を越えて大築家の敷地内に入っていた。 美佳は誰にも見つからないように祈りながら、いろんなところをコソコソ動いてGPSの指し示す方へ向かっていった。しかし、ある時足を何かにつまづかせて倒れた。 ガチャン! 「あっ!」 美佳は声を上げそうになった。起き上がった美佳は慌てて壁の影に隠れた。 (盆栽壊しちゃった……。) それは見事な盆栽「だった」。普通のやつより一回りも二回りも小さなリンゴがなっているリンゴの木の盆栽だった。しかしもう今は枝も折れ、鉢も割れ、無惨な姿に変わっていたが。 「どうかしたかー?」 屋敷の外ろうかを歩いていた大築家で働く誰かがもう一人の人に呼びかける。  「いや、……気のせいか」 美佳の近くにいたほうが音のした方を見る。しかしちょうど盆栽は物陰に隠れていたので異常には気づくことはなかった。 (セーーーフ。) 大築家の人が行ってしまったのを確認すると、美佳はまたコソコソ潜入作業を再開した。 そして、そんなことが起こっているともつゆ知らず、二人の勝負が始まる――。 勝負には大築家の面々が観戦のためにイスを並べた。大築家の家の者やその友人、そして孝義、麗空や村上も、勝負を観戦していた。観客席に座りながら、孝義は心の中でほくそ笑んでいた。 (ふん、奴に渡した矢は軽くなるように細工してある。この風の中、矢が軽いのは致命的だ。公一も弓の名手。公一の勝利は間違いない。) 「では、まず僕から行くぞ」 公一が弓をたて、矢をつがえる。そして頭の方から振りかぶったようにして弓を引いた。弓の弦が公一のほおに触る。暁はその様子を横から観察していた。しばらく間があった後、 「シュッ」 公一の手から矢は放たれると、「バンッ」。的の周辺にあたった。 「くっ、風で曲がったか。」 (アブない、あたるところだった……。) 矢は的の陰に隠れていた美佳に当たりそうになった。しかしもちろん勝負をしている二人はそんなこと知るはずもない。 次に暁が見よう見まねで矢を放った。バンッ。矢は公一より中心に当たった。 「よしっ……」 「くっ。」 (それにしてもあの矢で当てるとは……? こいつ……)観客席の孝義は心の中でうなった。 (もっとより矢を軽くしておくべきだったか。) 今度は公一の番。 「ヒュッ」 バンッ。 的の中心から二番目にあたった。 「ハッハッハ。どうだ、にわか弓道者とは実力が違うぞ! 」 暁は前に歩みでて、弓を引く。 「シュッ」 バンッ 今度は的には当たらず、後ろの畳にあたった。 (うわあ、もっと危なかった……。) 公一が最後の弓を引く。ヒュッ、バン。今度は先ほどよりは外側にあたった。 これまででは公一が放った矢の方が中心に近くあたっている。勝つためには、絵里子を自由にするためには、中心に当てなければいけない。 「なんだ、そんなものか。そんな程度で絵里子を貰おうなどと大見得を切ったのか? それで誰かを救っている気にでもなっているのか?」公一がけしかけた。 (そうだ、俺は今まで誰も救って来れてない。) 暁は焦った。 暁は家族を失っていた。中学生の頃に自動車事故にあったのだ。その車には暁の家族がみな乗っていた。事故の原因は相手の車の携帯電話による不注意。相手の車が中央分離帯を乗り越え、暁達の車にぶつかった。そして、家族はみんな死に、暁だけが生き残った。 「くそっ、どうすれば当たるんだよ。」 そのとき、暁の頭にある言葉が浮かんできた。 ――残心《ざんしん》―― 暁は弓を引きながら昔を思い出していた。 暁は大学の時アーチェリーサークルに入っていた。残心とは、そこで先輩に教わった言葉だ。初心者だった暁は入学したての頃、サークルでなかなかいい矢を放つことができなかった。放っても放っても矢は的に当たらず、暁は悩んでいた。そんなある日、高校の頃和弓をした経験があるという先輩から教わったのだ。 「暁。おまえ、矢を放った後、ああ放てたとか思って安心してるんじゃないのか。」 暁が矢を放っていると、近くの水色のプラスチック製のベンチにアクエリ○スを飲みながらもたれかかっていた先輩が話しかけてきた。 「え、いけないんすか?」 暁はいきなり言われて驚いた。 「和弓には残心という言葉があってな。これは弓を放つときの心構えを説いた言葉だ。弓を放った瞬間、たいていの人は『ああ、終わった』っていう風にホッとする。だけど残心のある人は、弓を引いて、矢を放った後も、矢が的に当たるまで集中を切らさない。矢が的に当たるまで矢の飛ぶ先を追い続けるんだ。それが、弓を放つコツさ」 それ以来、暁の矢は確実に的の中心に近づいていった。ただ、その言葉を教えてくれたその先輩は大会に出る前肩を痛めて、その大会に出場することはできなかった。そして無念を残したまま、そのまま卒業していった。 暁は目を開いた。――残心――。今度こそ、人を救うんだ。あの言葉を教えてくれた先輩の恩に報いるためにも――。 そのときなぜか風がやんだ。そして雲が切れ太陽の光が的を照らした。今だ。暁は少し息を吸って止めると、――矢を放った。 ヒュッ。 矢が弓を離れる。矢は山を描いて飛ぶと一筋の風になり、的に吸い込まれた。暁の目にはまるでスローモーションのようにその軌跡が描かれた。 バンッ。 「……やっ、やった!」 絵里子が叫んだ。 「――。」 暁はゆっくりと弓をおろした。 太陽の光は、確かに的の真ん中に当たっていた矢を照らしていた。その瞬間観客席から歓声がわき上がった。 「これで、いいよな……」 暁が振り返ると、絵里子はしばらく目を潤ませていたが、感極まって涙をぬぐった。 「ありがとうございます!ありがとうございます!」 「――ギョー!やったじゃん、ギョー!」 勝負を陰から見ていた美佳も駆け寄ってくると抱きついてきた。 「おい! 美佳おまえどこから出てきたんだよ」 「何よぉ、その態度。あんた達を救い出しにきたんじゃない。」 公一のほうはただ目を見開いて、唖然としていた。 この勝負の様子を孝義はながめていたが、顔を真っ赤にすると、いきなり怒り出した。 「この勝負はなしじゃ!」 ! 皆孝義の方を振り返った。孝義は暁の方を指さしながらわめいた。 「この勝負はなしじゃ。そもそも弓の勝負なんぞで息子の婚約を解消したりゴルフ場の建設計画を撤回したりなんてことできるわけ無いじゃないか」 孝義の指先はわなわなと震えていた。孝義はなお喚いた。 「そもそも勝負の条件が違う! そこの若造用に軽い矢を選んだのにそれでも公一が負けるなんて天候のせいとしか考えられんじゃないか!」 それを言ったあと、あ――、と孝義は手で口をふさいだ。 「軽い矢を選んだですって!!?? 相手用に軽い矢を渡したですって!!??」 横で孝義の言を聞いていた麗空が怒りだした。 「いや、それは、なあ、それはなんだ。それは」 「あんた、そんなあくどい手まで使ったの!?」 「、いや、なんでもない。なんでもない」 孝義は慌てふためいた。 「私も、この勝負を無視するような考えには納得できないな。」 勝負を観戦していた村上も麗空の考えに同意した。 「この勝負は次期当主である公一が了承して行ったものだ。この歴史ある家の次期当主であるものが言った言葉を、軽々と撤回することは出来ないだろう。もしそれを許すならそれは大築家にとって恥ずべき汚点となる。」 「あんた、もしここで引かないというのならこれから女中に言って飯ヌキにしてもらいますからね。洗い物も洗濯物も自分でやってくださいよ。」 麗空も追い打ちを掛ける。 「えーっ?それは困る。」 孝義はしばらく息を飲み込みながら赤くなっていたが、「はあ」とため息をつくと、ガックリと肩を落として言った。 「わかった。公一と絵里子さんの婚約は解消だ。曉一さん、あんたの弓、見事だった。まさにとぎすまされた弓だった。」 そして後ろを振り返って言った。「公一、弓を片付けてこい。」 公一は血眼をむいた表情のまま無言で弓を片付けはじめた。 「ふう、やっとこれでプレッシャーがなくなった。」 「すごいじゃない、ギョー。見直したわよ」 勝負を終えた暁と美佳は雑談をしながら大築家の正門まで歩いていこうとしていた。 「ほんと、さっきの弓かっこよかったわあ。いつもの鉄板に焦げ付いてる豆腐のかけらみたいな感じとはぜんぜん違った。」 「それ、ほめんてんの?」 すると、後ろから駆けてくるような音がする 「いやあ、うまかったよ、君の弓!」 音の正体は村上だった。追いついた村上は暁の肩をポンッとたたいた。 「村上さんに教えて貰ったおかげです」暁は謙遜した。 「すごかったぞ!」 「すばらしいですね。」 「見事だ!」 次々と現れてきた大築家の人々も暁の弓の腕を賞賛した。皆拍手喝采だった。 「うわ、大盛況。」美佳が驚く。 「俺の弓は見せモンじゃねえぞ。」 「なに、照れてんのよ!」 美佳が暁の横腹を肘で打つ。 「おい、危ねえだろうが!」 暁はすぐ近くにあった池に突っ込みそうになった。 「なんか公一が呼んでいるようなんですが、一緒に来てくれませんか? 暁さんが曉一じゃ無くて暁さんであると言うことも話してもいいかと思いますし。」 帰ろうとしていたところ、暁を後ろから絵里子が呼び止めた。 美佳がニヤニヤしながら言う。 「行きなよ、恋人のところへ。」 「はぁ?」 「門の前で待っといてあげるから」 美佳は暁の体を方向転換させると、促すようにドンと背中を押した。 ザブーン!!!!! 「……。」 * * * 「――来たか……二人とも。」 数分後、絵里子と暁は公一の前に来ていた。公一は皆がいた場所とは別の庭に立っていた。晴れていたはずの空は、だんだん暗雲にまた包まれてきていた。 「……濡れちゃいましたね」 絵里子が暁に聞く。 「あのバカやろーが……。――ハックショイ! くそ、水の中から鯉を見ることになるとは……。生まれて初めての経験だ。」 「『バカやろー』?」 するといきなり公一がフフッと笑った。 「そんなへまをやらかすとは、曉一らしくないね。」 暁は公一のほうに視線を上げた。 「用事ってなんなの?公一」 絵里子が聞く。 「特別用事なんてないさ。」 「え……?」 すると公一はズボンの後ろポケットから何か黒光りする物を取り出した。 「公……一?」 絵里子がおののく。暁はそれを見てハッとした。 その黒光りするものは、「銃」だった。 「ちょっと、公一……何のまねよ」 「おまえさえいなければ、……おまえさえいなければ全てはうまくいっていたんだ。」 公一は下を向き視線を隠しながら低い声で言った。 「曉一、おまえは昔からそうだ。僕が何かする度、必ずおまえが上にいる。いつも僕だって努力してきた。どんなときも嫌なことも我慢して、少しでもおまえを超えようと努力してきた。なのにみんなが顔を向けているのはおまえのほうだ……。」 公一の手が銃を装填した。ガチャンと銃が音を立てる。 「――絵里子のこともそうだ。絵里子もおまえしか見てなかった。僕はあくまでも高校から入った浅い関係。そりゃそうだよな。おまえと絵里子は中学の頃から一緒だったんだから。僕に間に入る隙なんてなかったんだよ。」 絵里子はおそれで目を見開いていた「何?――何の話をしてるのよ、公一?」 「でも、許せないんだ――。許せないんだよ。何で、おまえばかり望み通りに生きられる! 曉一!!」 公一は顔を上げて、そしてその銃を暁のほうに向けた。そしてその時、いきなり大築家の屋敷の屋根に雷が落ちた。 ゴロガッシャーン!!!! 絵里子は雷に驚いてビクッと震えた。暁はただまっすぐ無言で公一のほうを見据えていた。公一はまた声のトーンを落として、しゃべりはじめた。 「僕たちが高校三年の一学期のテストの放課後、君たちは僕との約束を反故して二人で街に遊びに出かけていた。あらかじめしておいた約束を破ってだ。そして君らは、僕を捨てた。二人だけで仲良くして僕は蚊帳の外にした! 抜け駆けはしないと三人で固く約束していたのに。僕はそのとき許せないと思った。君らは必ずこの報いを受け無ければならないと。だから僕は君らから離れた。だから僕はおまえの人生をめちゃくちゃにしてやろうと思ったんだ、曉一! まさか忘れたわけじゃないだろうなあ!!」 空からは大粒の雨が降ってきた――。 ◆ ◆ ◆ ――5年ほど前―― 前も書いたことだが、絵里子と曉一、そして公一は高校時代にクラスメートだった。いや、というよりは親しい友達だったと言っても良い。三人は何かにつけてつるんで一緒に遊んでいた。毎日休み時間はくだらないことを言い合って過ごし、下校するときは一緒に帰った。それぞれが部活のない日の放課後は自転車でどこかに出かけて過ごした。いつも三人で、楽しく過ごしていた。 三人が高2のある日に、上級生の卒業式があった。その夕焼けの中帰り道に三人はある約束を交わした――。 「来年の今頃には私たちも卒業かあ」 遠くカラスがオレンジの空を飛んでいる空を絵里子が見上げる。 「僕たちもあんなに泣くことになるのかな。」 公一も空を見上げて呟いた。一番星がもう輝いていた。 「僕たちの学年の女子なんかもらい泣きしてこらえてる奴までいるんだものな」 「あいつらぜってー自分たちの卒業式の時は涙でぐしょぐしょになってるぜ。ヒク。俺はぜってー泣かねーけどな。ウゥ。」 曉一が涙で袖をぐしょぐしょにしながら言った。 (おまえが一番泣いてるよ――。) 絵里子も公一も心の中で呟いた。 「僕たちも卒業したら別れ別れになっちゃうなあ。」 公一が何ともなしに言う。 「あ、そうか、えっそうなんだ。」 「って、気づいてなかったの?」 絵里子は公一に言われてはじめて気がついた。チーン。曉一が鼻水をティッシュでかむ。 「コウちゃんは将来どの方面に進むつもりなの?」 絵里子が公一に聞いた。 「やっぱ〔某有名大学〕だろうな。」 公一は道に落ちていた小石をけっ飛ばした。すると曉一が腕を頭の後ろで組んで嫌みそうに言う。 「あーあ、変に受験科目だけ学力高い人はいいねえ。焼きそばさえ作れないというのに。筆記試験なかったらおまえ家庭科0点だぞ。」 「おい!、人聞きの悪いこと言うなよ。僕はカップ焼きそばの時点で作れないの!」 「コウちゃんったら、洗濯機も回したことないんだってよ。」 公一を無視して、絵里子が追い打ちを掛けた。 「マジ? おまえやばくねー。」 「だって、しょうがないじゃないか。」 「なんで。」 「だって……。……。」 公一が黙ってしまったので、曉一は聞こうとするのをやめた。すると今度は曉一に絵里子が話を振った。 「曉一はどこに行くつもりなの?」 「いやさあ、俺はテレビで○×病棟24時とか見てるとさあ、何となく医者もいいかなって感じで、そっちの方面に進もうかなあって考えてるくらい。」 「曉一の「考えてる」って、ほぼ確定してるのと同じだよね。」 公一が評論を述べた。「まあね。」と曉一が答える。 「で、絵里子はどうするつもりなんだ?」 「えっ、私? うーん、私は――」 急に言われて絵里子はとまどった。しかし、気づいたような風な顔をすると、こういった。 「私は――お花屋さん!!」 一瞬場が固まった。(高校生? 高校生だよね?)と曉一も公一も心の中で呟いた。 絵里子は固まっている二人から目をそらして、夕日のほうを見ると、 「うそー。なんとなく父さんの跡を継いで天文学者になりたいなあと思って。」 とオチを付けた。 (ウソに思えない。)曉一は思ったが、公一は苦笑いしながら評論を述べた。 「絵里子が「思ってる」って事は、全くわからないって事だよね。」 「そんなーー。結構勉強もしてるのよ」 いかにも心外と言わんばかりの声を上げる 「じゃあ、ガチョウ座はどっちの方向?」 「えーっと、どっちだろう。」 「ああ」曉一は頭を抱えた。 しばらく三人は無言で歩いていたが 「なんか私たち三人ずっと一緒にいられるような気がするのよね」 絵里子がフッと呟いた。 「なんかどっかの映画みたいなこと言うなあ【注:アニメ映画『時をかける少女』より】」 曉一は前を歩いたまま笑った。 「おいおい。いつまでも一緒にいられるわけなんか無いだろう」 公一がまた苦笑いする。 「あら、コウちゃん冷たいこと言うのね」 「まあね」 絵里子は不満そうな顔をしたが、公一は悪びれなかった。 「絵里子、もっともな話だぜ、公一が言ってることは。」 曉一も助け船を出す。 「なんで?」 「だって、将来どう進むかは人それぞれだし、将来のことなんか誰にも予測できないからな――」 「そうさ。先《せん》だって就任当時はあんなに支持率の良かった首相が辞任したし、どっかの女優が離婚したし、僕が油絵の絵の具買うために貯めてた小遣いだって、弟の電線に絡まった凧になっちゃったからなあ。」 「あの首相は俺は好かんかったし、おまえの言ってるあの女優は結婚発表時から離婚するだろうってネットで噂になってたし、おまえの弟が勝手におまえの小遣いを使うのも、いつもの事じゃねえか、とは思うけどな?」 「そんなこと言うなよ。小遣いは三ヶ月分は貯めてたんだよ? それ使っちゃうかなあ。」 「どれだけ小遣い少なければ絵の具が三ヶ月分にもなるんだよ。」 「う……ん。」 絵里子は歩きながら視界をゆっくりと流れていく景色を見ていた。 「どうしたの?絵里子」 急に無言になった絵里子に公一が聞く。 「うん」 絵里子が答えた。 「やっぱりそれでも、ずっと三人一緒にいられたらいいなあって思って。どんな人間関係も、万斛の時間は消し去ってしまうかもしれないけど、少しでもそれに抗えたらなって、そうときどき思うのよね。私たちはここにいるんだ!ここに存在するんだ!って感じで。」 「絵里子の言うことはなんかわからないんだよなあ。あとなんかちょっと頭よさげに文学的表現を使うのはやめてくれ。」 公一が困った顔をした。するとそれまで一番前を歩いていた曉一が突然振り返って言った。 「なあ、俺たち一緒の大学行かねえ?」 「一緒の大学?」 絵里子と公一は立ち止まった。すると絵里子は手をポンッとたたいた。 「そうか、それなら少しはそのあらがうって事が出来るわけね!」 「でもさ、僕たち全員の条件と要望を満たすような大学があるのかい?」 公一が訝しそうに言った。 「そうだなあ……。」 「ま、僕は〔某有名大学〕がいいな。」 「私がそんな頭のいいところ入れるわけないじゃない」 絵里子が口をとがらせた。 「俺は〔某有名大学〕がいいんだがなあ。」 「医学部行く人と一緒にしないで」 「……それも聞いたことあるぞ。」 「どこに行くかはこれから決めるとして、一緒の大学に行くってのは決定。約束よ。約束だからね!」 「はぁ?」 公一は理解できないといった感じの声を出した。そしてそんな二人を見て、曉一は笑っていた。 それからしばらくしたその日、三人はいつも通り一緒に帰宅路につこうとしていたところだった。そしてかえろうとして校門をでてすぐ、曉一を、写真部の仲間が呼び止めた。 「曉一、写真部の後輩の女子がおまえに聞きたいことがあるってさ。なんでも、ワイコンの装着方法がわからないって。」 「ワイコンの装着方法? おまえが教えればいいじゃん。何で俺に」 「まあ、そう言わずに教えてやれよ。」 曉一を呼んだクラスの男はニヤニヤしている。後ろでは校舎の陰に隠れて男子がバカ笑いをこらえきれずに笑っていた。 「はぁ?」曉一は訝しげな顔をしたが、フッと息を吐くと、 「わりい、今日は二人でかえってくれ。俺、用事が出来たから」 手を挙げて二人に挨拶して、校舎のほうに戻っていった。 二人はしばらくそれを見ていたがこのとき公一が絵里子のほうを見たことに絵里子は気がつかなかった。そして絵里子は 「じゃ、帰ろっか。」 と公一に言った。 「日が落ちるのも遅くなってきたねー。風が暖かい」 絵里子が目を細める。しばらくのち、二人は前と同じいつもの帰り道を歩いていた。早く帰途についたこともあってか、日はまだそれなりに高かった。 「もう春だからね。」 公一が答えた。 「そっか、春かあ。もう春なんだ。」 絵里子は勝手に合点した。 「って、気づいてなかったの?」 毎度のことだけど。公一は呟いた。 「風が暖かくても、春はなんか寂しいのよね。春は別れの季節だもんね。」 「絵里子らしくないアンニュイ発言だね。春は出会いの季節じゃないの?」 公一の質問に、絵里子はカバンを振りながら言った。 「だって別れは印象的だけど、新しく出会った人とは最初は面識ないわけじゃない。知り合いとしての意識持つには夏ぐらいまで待たなきゃいけないから、それまではインパクトないわけ。」 「そんなものかなあ。」 公一はあまり合点がいかない。二人はしばらく無言で歩いた。ボールを持った子供たちが道路を走って渡っているのが見える。 「私たち、4月からは別々のクラスになるかもしれないねー」 絵里子はまた空を見上げた。 「うん」 「公一たちとクラス変わったら、これまでみたいに授業ででふざけあうこととかできなくなるかもしれないわね。なんか寂しいな〜」 公一が絵里子の方を向く。 「絵里子、それ心配しすぎだと思うよ。クラス変わったところで卒業するわけじゃないんだから。これまで通り休み時間とか下校時間とかに会えばいいじゃないか。」 「でも、クラスが変われば、やっぱり授業は違うところでやるわけじゃない。顔合わせることも少なくなるなって思って。」 「心配しすぎだって」 またしばらく無言で歩く、ようやく日も落ちてきた。二人の分かれ道が近づいていた。 「曉一がさあ、前言ってたわよね。『将来どう進むかは人それぞれだし、将来のことなんか誰にも予測できないからな――』って。でも実は私が一番将来のことわかってないのかなんて思って。」 「『実は』、じゃないよね」 公一はツッコミをいれる。 「うわ、冷たい人嫌い。」 「だって、そうだろう?」 絵里子がおどけて言うと、公一はダメ押しした。 「なんかさあ、私は今って時間しか考えられないのよね。明日には心臓発作で死んでるかもわからない、隕石が落ちてきて日本が消滅するかもわからない。そんな可能性を考えると、将来の事なんてわからなくて。だから私は今しか生きられないのよね。まあ、それがいいこととは思わないけど。」 「うわー、絵里子らしい考え方。」 絵里子の言葉に公一はいつものように苦笑いした。 「公一たちはえらいよね。将来のこととかも考えて、しっかりしてるっていうか――。ああ、今日はいい風が吹いてる」 絵里子は上を見上げて目をつぶった。風がサヤサヤと流れる。その様子を見ていた公一が、唐突に口を開いた。 「絵里子。君ってブルーベリージャム好き?」 「うん、好きよ。」絵里子は目をつぶったまま答える。 「ビーフステーキ好き?」 「好きよ。」 「しっかりしてる人って好き?」 「好きよ。」 「じゃあ、僕とつきあってくれない?」 「うん。……うん?」 絵里子は目を見開いた。 「え、ええ?それって……。」 「僕とつきあってくれないかって言ってるの。」 公一が立ち止まってもう一度言った。 「絵里子が未来のことわからなくても、僕が絵里子の未来を考えて、守る。絵里子のどんな今でも、一緒にいてあげるから、心配させない。春が来ても、別れない。だから、僕とつきあってほしい。」 「……!」絵里子も立ち止まる。絵里子は公一の視線に気づいて顔を赤くして目をそらした。公一も一度視線を外したが、また絵里子のほうを見ると、聞いた。 「どう?」 「……。」絵里子はしばらく無言だった。しかし、じきもう一度公一の方を向くと言った。 「ごめん、公一。わたし、別に好きな人がいるの。」 絵里子は公一を直視できずにまた目をそらして、地面の方を見てちょっとアセった。 「……やっぱり、そう……。」 「ごめん、ほんとごめん。公一のことも好きだけど、私の好きな人は、公一じゃないんだ。」 絵里子の方を向く公一と、地面を見ている絵里子の間に、しばし静寂の時が流れた。ただ、風が流れていた。 「――誰? その好きだって人」 公一がトーンを落とした声で聞いた。 「悪いけど、そのことは、教えられないわ。」 「……だよね。ああ、せっかく告白の練習したのになあ。」 公一は頭をかいた。 「ごめん、ほんとにごめん。でも、公一のそのセリフうれしかった。かっこよかったわよ。」 「……。」 公一は黙ったままだった。 実際は当時絵里子には公一でも曉一でもなく別に好きな人がいた。当時はまだ絵里子は曉一に恋愛感情はなかった。絵里子の好きな人とは他の女子たちも思いを寄せるいわゆるクラスの貴公子のことであり、絵里子は何となく特別好きになった理由もないまま、周りに言われるまま憧れを持っていた。(当時の絵里子は天然ボケ的な性格の傾向を持っていたのだ。) しかし、そんなことは公一は知るよしもなかった。 そして、運命のいたずらは、三人の仲を引き裂いた。新しいクラス編成では、曉一と絵里子が一緒のクラスになり、公一だけ別のクラスにはいることになった。しかも最初の席決めのクジで曉一と絵里子はほとんど離れていない席になった。 「ねえねえ、絵里子の好きな人って、曉一らしいよ。」 「そりゃ、あの二人なら間違いないよね。中学のころからずっと一緒だもんね」 ときどき学校内でささやかれるその噂が、公一の耳に入ってこないはずもなかった。公一は焦った。てっきり公一は絵里子の好きな人がほんとに曉一であると思いこんでしまったのだ。 「大築どうするつもりなんだろうね。」 「あんだけ頑張ってんのに、それでも曉一相手じゃ分が悪いよね。」 その言葉を聞きながら、公一はその日返却された点数の悪かったテスト用紙を破り捨てた。もしこれを持って家に帰れば、怒られることは必至だろう。 「今度の試験、落としたら成績的に後がないんだぞ! 大築家の当主になろうものが、名門大学に入れなくてどうするんだ!?」 公一は耳にタコができるほどその言葉を聞かされていた。公一は、アセっていた。 そして曉一と絵里子の二人と公一の仲違いを決定的にしたのは、三人で映画を見に行こうとした時だった。三人はテスト最終日の放課後に映画を一緒に見に行く約束をしていた。チケットは三人分公一が用意していた。公一はこの約束をとても楽しみにして待っていた。曉一はバイト先の人たちと一種のパーティーのような集まりがあったが、公一があまりに勧めるのと、何となく映画の内容にすこしばかり興味があったことがあって、行くことにしていた。「もしおまえらが来なかったら、バイトのパーティーのほうに行くけど――」 当日、公一は、待ち合わせ場所にわずかばかり遅れて到着した。遅れた理由は図書室で借りて返却期限がその日に迫っていた本を返すため。待ち合わせ場所には曉一と絵里子が待っているはずだったが、走って待ち合わせ場所に来た公一の前には誰もいなかった。 「――どうしてこないんだ?、二人とも……。」 いくら待っても二人は来ない。結局公一は一人で映画館に行き、余ったチケットを片手に、一人で映画を見た。そして、それはとても陰鬱な気分だった。公一は一度その映画を見たことがあり、二人にこの映画を薦めるために誘ったのだったが、二人の姿は映画館にはなかった。公一はこの映画を見るのは三回目だったのだが、今回は到底映画の内容に感情移入することは出来なかった。 一人映画を見終わり腹が減ったことに気がついた公一は、映画館の近くのデパートの中のファストフード店にはいることにした。昼食をとることさえ公一は忘れていた。そして、公一はそこで決定的な場面を見た。絵里子と曉一が店内にいたのだ。二人はテーブルを挟んで既に食事をとっていた。二人は楽しくふざけ合っていた。 「あー、これ以上食べらんない」 「俺が食べてやろうか?」 「人の食い残したべるなんて気持ちわるぅ。食い意地張ってるわね。」 「冗談に決まってんだろ」 曉一と絵里子は約束を反故して二人だけで遊んでいた。公一は二人に声を掛けそうになったが、息をかみ殺した。 「お持ち帰りですか?店内でお召し上がりですか?」 店員が聞いたが、二人のほうをチラッと見ると、小さな声でこう言った。 「持ち帰りで」 公一が家に戻るために街を歩いていると、ケータイのバイブレーションが鳴った。公一はケータイをポケットから取り出した。 「もしもし、父さん?」 「おう、公一か。」 「何の用?」 公一が少し疲れたような声を出す。 「うむ、前置きなしで言うぞ。」 そして、孝義は少し間を空けてから言った。 「――おまえ、転校しろ。」 「え?」 「いや、ようやく書類のほうが通ってな。今のおまえの学校より良いところに転学できることになったんだ。だから、転校しろ」 「そんな、いきなり言われても……。」 公一はあまりに急なことにとまどった。公一は孝義が以前からそうしようと手を尽くしてきたのは知っていたが、それが成功するとは思っていなかったし、ただ漠然と今の高校で絵里子や曉一たちと一緒に卒業するんだと思っていた。しかし、ついにその予測が崩れるときが来たのだ。そして、孝義がそう言ったら決してそれに逆らうことは出来ないと言うことも、公一はよくわかっていた。 「……わかった。」 公一はぶつっと電話を切った。 この日以降の曉一たちと公一の関係はひどいものだった。公一は学校で二人にあっても全く口をきかず、無視をするようになった。公一にはなぜ映画を見る約束をしたとき待ち合わせ場所に来なかったのか二人に聞きたいきもちもあったが、公一は二人と全く口をきかないと決めていたのでそれどころではなかった。 「おい、公一」 曉一は何度もそう公一に声を掛けたが、そうするとすぐ公一は別の場所に消えてしまった。 (あいつらは俺が何も知らないと思ってる。) 公一がなぜ二人に口をきかなかったのかと言えば、それは映画館のことが関わっていたのはもちろんだったが、自分が勝手に転校してしまうということを二人に言い出せないという理由もあった。何より、自分が欠けることが、絵里子や曉一に対して申し訳ないという気持ちがあったのであり、言おう言おうとしても言い出せなかったのだ。 そして、公一は他の学校に転校し、曉一と絵里子とは離ればなれになった。 もしあの日、映画館に三人一緒に行っていたら、公一に曉一に対する嫉妬心は生まれなかったかもしれない。もし公一が転校しなければ、この不仲が解決されることもあったかもしれない。しかし、運命はそれを許さなかったのである。 ◆ ◆ ◆ ――そして今、雨の中公一は曉一(暁)に銃を向けていた。暁の視線はただまっすぐ公一の表情に向けられていた。 「僕は大築家の次期当主。望み通りに生きるなんて事はハナっからから考えられない。確かに大築家の名を出せばその通りに事が運ぶこともある。でもな、曉一。おまえみたいな自由な生き方は到底許されないんだよ。」 ――公一は孝義の息子で大築家の長男。子供の頃から将来家の当主になることが決まっていた。大築家は名家でいろんな使用人などのたくさんの人が家の維持に関わり、その多数の人から将来を嘱望されていた孝義は、自分の好きなように生きることが許されなかった。 ある日中学生の公一はテレビゲームを一緒にやらないかと小学生の弟(啓治)に誘われた。 「じゃあ兄ちゃん、『メタル・○ア・ソリッド』をやろう。sons of libertyがいいかな」 弟がケースからパッケージを取り出す。 「……おい啓治、どこからそんなソフト手に入れたんだ? それ年齢制限が付いてると思うんだがけど。僕はメタルギアソリッドはやらない」 「何で?面白いのに。じゃあ『信長のゲ○ェ』やろう。」 「……そんなソフト売ってないだろう。てか銀○だよねそれ」 「じゃあ、なにをやるの?」 「OK。エースウォンバット(?)をやろうじゃないか。」 弟は了承した。しかし、公一がテレビの前にコントローラーを持って座ると、廊下を歩いてきた孝義がそれを注意した。 「公一!遊んでるくらいなら勉強しろ。今度の試験、落としたら成績的に後がないんだぞ! 大築家の当主になろうものが、名門大学に入れなくてどうするんだ!?」 公一は笑顔を消した。「――。はいはい。」 「ごめん啓治。」 孝義はため息をついて自分の部屋に引っ込んだ。 「なんだよ、せっかく兄ちゃんさそったのに……。」 啓治は不満顔だった。 公一は弟たちがそれぞれ好きな将来を夢見ているのを見て、いつもため息をついていた。公一は高校の頃親に内緒で美術部に入った。美術館で見て好きだった油絵を自分でも描きたかったのだ。しかしすぐに親にばれ、こっぴどくしかられた。おまえは絵なんかで食っていけると思ってるのか、この大築家の当主となるものがやくざな進路をとってはいけない、と。結局公一は美術部を退部した。 公一は何でも一人で抱え込むクセがあった。悩みがあっても誰にも相談しなかったし、しても無駄だと思っていた。自分のことを心配できるのは自分だけなんだと。それに、大築家の名を聞いて離れていく友達を何人も見てきた公一は、自分が大築家の次期当主であることさえも、曉一や絵里子たちの教えることはなかった。 「――曉一、おまえ、何でそんなに不遜な顔が出来る。まるでなにも怯えていないみたいだな。」 クックックック。公一は冷ら笑いした。 「ああ、いつでもおまえは度胸が据わっていた。俺が崖でおまえを突き落としたときもそうだった。でもな――拳銃の弾は度胸だけじゃ止められないぞ、曉一!」 「崖で突き落としたって……? それってどういう……ことよ?……公一――」 絵里子がとぎれとぎれの声で言った。 「曉一は僕が今年の三月に海辺の崖で突き落として殺した……はずだった。僕が絵里子との結婚のことで話があるって呼び出したんだ。新聞にも載っていた事件のはずだ。なのにおまえはここにいる。しかも記憶喪失になってだって? 惜しかったなあ曉一。記憶さえ残っていれば少しは長生きできたのにさ。記憶が残っていれば今日ここに来るはずもなかっただろうからな。」 「曉一を……殺した? なんで、……!公一」 絵里子は泣き崩れながら、絞り出しすような声で聞いた。 「僕は……、僕は孤独だったんだよ。絵里子」 ニヒルな表情で公一は答えた。 ――公一は幼い頃から大築家の次期当主として厳しく育てられた。 「おはよう! 章、洋平!」 ある日公一は小学生の時学校で友達に声を掛けた。すると呼ばれた友達の章と洋平はぎょっとしたふうを見せた。 「あれ、どうかしたの?」 公一が聞く。しかし、二人は視線を公一にあわせなかった。 「――おまえって、あの大築家の次期当主とかいうやつなんだろ? 名字おんなじだからまさかとは思ってたけど」 「大築家ってやべーことやってるって母さんが言ってた。」 「俺らさあ、もうおまえと遊べないから」 「そいじゃあな。」 「ちょっとまってよ、そんなこと――」 「ついてくんなよ!」 公一はあまりに急なことに一歩も動けず、一人その場に取り残された。心の底から冷えるような、そんな感覚を公一は感じた。 どこに行っても公一は一人だった。確かに大築家の人々は公一のことを見守ってくれてはいたが、かえってそういったことはうっとおしいとさえ公一は感じた。 「公一様、ご飯の支度が出来ました」 「公一様、そこは危ないので入ってはいけません」 「公一様、そのゲームの続きは私がやります(?)」 「公一様、お昼寝の時間でございます」 公一様、公一様、公一様……。ある日ついに幼い公一はキレた。 「だからその『様』って言うのはやめてくれって言ってるじゃないか! 僕はそんなえらい人間じゃない!」 しかし大築家の人たちはそう呼ぶのをやめようとはしなかった。 「公一様は大築家の次期当主です。その重役をになう覚悟と品格を身につけるため、そして我らを率いる統率力を身につけるため、『様』と呼ばれることになれなくてはなりません。公一様、しかと心にこのことをとどめますように。」 公一はグッと涙をこらえると、部屋を飛びだした。 「公一様!」 公一は家の中を駆け出し街を駆け、泣きながら走り続けた。どこに心の安泰があるかもわからないまま。公一は孤独だった。 そんな公一に安らぎの時間を与えたのが絵里子や曉一たちと一緒にいた時期だった。とても彼にとっては短い時間だったが、あの日々はしっかりと公一の心に刻まれていた。心許せる友達を、公一ははじめて手に入れたのだった。 「――なのに、君たちは僕を捨てた。僕は、僕は裏切られた。君たちは友情を斬り捨てたんだ!」 公一の銃を持つ手は震えていた。しかし、絵里子は叫けぶように言った。 「知らなかった……そんなことがあったなんて。知らなかった、私たちは知らなかったのよ公一!」 「そうだろうなあ!」公一も負けじと声を張り上げた。 「僕があのとき君たちが二人だけで食事を楽しんでいるところを見てたなんて知らなかったろう、絵里子、曉一。」 しかし、絵里子は首を大きく横に振った。 「そうじゃなくて、知らなかったのよ公一。あなたが待ち合わせ場所にちゃんと来てたって――」 実はあの日、絵里子と曉一はちゃんと公一が来るのを待ち合わせ場所で待っていた。そしてその時、待ち合わせ時間より5分ほど経っていた。曉一は下校中のクラスメートをつかまえて聞いてみた。 「おい、星村。公一のやつ見なかった?」 「え、俺は見てないけど。委員会かなあ。あいつ放送委員だったっけ。」 「放送委員って何やんだ?」 「なんかねー。今日の放送委員のあつまりは、新年度の放送の大学紹介とか言う企画の打ち合わせがあるらしいよ。」 曉一の質問に横から下校途中の女子が答えた。 「それいつ終わるの?」 「ミッちゃんは7時頃になるって言ってたけど。」 「7時ぃ?」 絵里子と曉一は顔を見合わせた。 その日に放送委員の仕事があるというのは間違った噂だった。仕事があるのは三年生だけだったのだ。公一が遅れたのは放送委員の仕事があったからではなく、先ほども言ったとおり図書室で借りて返却期限がその日に迫っていた本を返すためだった。公一は本を返し損ねていることをすっかり忘れていたのだ。あいにくその日はなぜか受付に係の人がいず、その人を先生から放送で呼び出して貰うのに時間がかかった。曉一と絵里子もその放送を聞いていたが、もちろん公一が遅れている理由にそれがつながっているとは露とも思わなかった。 「まーったく。仕事があんならそのこと早く言ってほしかったよなあ」 「でも急に入った仕事なんじゃない?」 その頃、曉一と絵里子は街に行くために公一より先に出発していた。公一が映画をキャンセルしたのだと思いこんで、別のところに遊びに行くことにしたのだ。ちなみに、絵里子はその日携帯電話を家に忘れており、曉一のケータイは授業の時から電源が切られたままだった。公一は何度も待ち合わせ場所から電話を二人のケータイに掛けたが、運悪くつながることはなかった。 「じゃあなんで、君たちは二人でファストフード店で食事なんかとってたんだ? 曉一はバイト先の集まりがあったはずじゃないか!」 公一が聞きただすと、絵里子は言葉に詰まった。 「それは……それは……。」 公一はそれを見るとしたり顔をした。 「ほら、答えられないだろう!」 「そうじゃないのよ公一! 曉一は、曉一は……。」 絵里子は何かを言いかけたが、その言葉が出てくることはなかった。 「……もういい、君たちが僕を嘲笑ったことは明白だ」 そして公一は地面を見た。砂が雨に濡れていた。 「早く来い、おまえら、早く来い!止めるんだ!」 銃を構えた公一を廊下の向こうから歩いてきて見つけた孝義が、大築家の面々を呼ぶ。すると大築家の人々がぞろぞろと駆け寄ってきた。 「公一様!」 「おやめください!」 彼らに一瞥をくれた公一はグッと悲しい顔をすると、低いトーンでまた話し始めた。 「孤独だったんだよ。僕はずっと。孤独だったんだ。信頼できる人がほしかった。信じ合える関係を誰かに求めていた。それが君たちだったんだ。でも、いつまでもそれが続くことはなかったんだ。」 公一の目に涙が浮かんだ。 「俺も、孤独だった」 「!」 いきなり暁がしゃべりだした。 「俺だってそうだ。俺は中学の時俺以外の家族全員を交通事故で失った。事故のあと俺は親戚の家で養われることになった。親戚の人はやさしかったが、でもそれでもときどき家族が生きていたらって思うことがある。絵里子さんだってそうだ。曉一さんが死んで、ずっと一人ぼっちだった。絵里子さんがどれだけ寂しい思いをしてたかおまえにはわかるか? たしかにおまえもそうだったかもしれない。でも、自分がウジウジして何も積極的にしようとしないのをおまえは孤独のせいだと勝手に思ってるだけなんだ。――孤独なのはおめえ一人じゃねえんだ。誰だって孤独を持っている。それなのに、おまえは自分一人だけ孤独背負ってると思ってる! そんなことないだろ。おまえは人の気持ちがわからないだけなんだよ!」 暁は叫ぶように言い放った。公一の銃を持つ手がガタガタと震えた。 「何の話だ曉一?煙に巻こうとでも? それにおまえに僕の何がわかる。一体おまえに何がわかるって言うんだ!」 「待って、公一!」 絵里子が公一の前に立ちはだかった。 「どけよ!絵里子」 絵里子はどかなかった。 「この人は曉一じゃないの、暁さんって言う関係ない別の人なのよ!」 公一は一瞬ハッとした表情を見せたが、キッとまた険しい表情をすると、 「そんなウソが通じるとでも思ってるのか」 銃を絵里子に向けた。 「そんなくだらない嘘をつくんなら、絵里子、君のほうから先に撃つ!」 公一は銃の引き金に指をかけ、ゆっくりと引き金を引いた。 「まて!」 次の瞬間、暁は絵里子を突き飛ばしてかばった。そして バン! 銃口を飛びだした弾は、暁の右胸に撃ち込まれた。 ドサッ。 銃弾を受けた暁は地面に前のめりに倒れた。突き飛ばされて倒れた絵里子の腕は庭石でこすり、血がにじみ出した。「痛ったぁ。」絵里子は呻いたが、ハッとして暁のほうを見た。暁は砂の上に倒れていた。 「暁さん!」 暁の体の周りにはたくさんの赤い鮮血が流れ出していた。 「残念だな。絵里子、君はもうちょっと素直な人間だと思っていた。」 公一は煙の出ている銃口をもう一度絵里子に向けた。「あの世で会おう。」 そして、もう一度、公一は引き金を引いた。 バン! しかしその瞬間、倒れていた暁が公一に飛びかかった。弾は今度も暁の体にあたった。暁は勢いを付けたまま最後の力を振り絞り、公一の銃を奪い取った。そして、公一と暁は倒れ込んだ。 「くそう」 公一はすぐ立ち上がったが、それを見た孝義がタイミングをとって叫んだ。 「公一を捕らえろ!止めるんじゃ」 大築家の人々は大挙して公一を取り囲むと、公一を取り押さえようとした。 「放せ、放してくれ! 僕はまだ……まだ話してないことがある!」 公一は力任せに拘束を解くと、絵里子の前に飛びだした。 一瞬全員に無言がよぎる。 公一は息を荒くして話し始めた。 「絵里子、……最後に一つだけ言わせてほしい。僕は……僕はあの日、大学入試があったあの日、確かに君が見たとおり曉一の携帯電話をいじった。でも僕はアラームは設定していない。僕は見たんだ、見知らぬ誰かがケータイをいじっているのを。だからそいつが何をいじったのか確かめたくて曉一のケータイを操作したんだ。……結局僕はアラーム設定がいじられていることには気づかなかったんだけど。――」 公一は息を荒くしながらいった。 「――僕は曉一が憎かった、君たちが憎かった。だから、疑われたままでいい、疑われたままの方が良いと思ってこれまで隠してきた。でも、僕じゃないんだ。あの日、僕は、携帯はいじってない!――」 公一は服についた血を手の甲でぬぐったあと、ガックリと肩を落とした。 「――僕だって……僕だってあと一年間を絵里子や曉一たちと一緒に過ごしたかった。それが出来たなら、どれだけ楽しかっただろう! でも、出来なかったんだ……。どうしようもなかったんだよ。」 そこまで言い切ると、公一は泣き崩れた。 「わしの部屋に連れて行け。話をしてから、じき警察に引き渡す。」 孝義が取り巻きに指示する。 泣き崩れたままの公一は、肩を掴まれて、その場から連れて行かれた。 そして絵里子は、暁のそばに駆け寄った。 「麗空さん、救急車、救急車呼んでください!」 「わかったわ。神谷、救急車呼んで!」 「はっ。」 「暁さん、暁さん!」絵里子は暁のそばで叫んだ。 「俺……、誰かを救ったぜ……かあさん。」 暁が絞り出すような声で言う。そして暁は目を閉じた。 「暁さん、しっかりしてください。目を開いてください暁さん!」 そして、 「ギョー、ギョー!」 暁の意識の遠のく中、美佳の声が遠くから聞こえた。 ピーッピーッピーッと心拍計の音が静寂な廊下に響き渡る。廊下で美佳が床を見ながらイスに座って待っている。美佳と絵里子は病院に来ていた。暁は病院に運び込まれ、手術を受けていたのだ。 「美佳さん、これ、いりますか?」絵里子が缶コーヒーを差し出した。 「サンキュ。」美佳が受け取る。 「熱いかもしれないから、気をつけてくださいね」絵里子も長いすの美佳の横に座った。 「美佳さん、もうだいぶ夜も遅いですけど、大丈夫ですか?」 もう時計は1時を回っていた。美佳は硬かった表情を崩して一笑すると、 「あたしはさあ、徹夜とか慣れているから。深夜番組見るのが好きなんだよね。寝るのが4時頃になることもあるくらい。だから全然大丈夫。」 と言った。 「そうですか……。」 絵里子が目を落とす。 「あのっ、ほんと、今回のことは済みませんでした。」 「えっ、すみませんってなにが?」美佳はキョトンとした。 「公一がなぜ私たちを呼んだのか私がわかっていれば、あたしが一人で公一に会いに行ってれば、暁さんはこんな目に遭わなくて済んだんです。それなのに、暁さんまで巻き込んで……ほんと、……私のせいで――こんなことになってしまって……。」 「いや、絵里子さんのせいじゃないよ。あれはしょうがなかったのよ。」 美佳は突然の絵里子の謝罪にとまどった。 「暁さんは私をかばって、弓の勝負までして、しかも銃弾も二度も自分の体でかばってくださったんです、ほんと、なんとお詫びして良いか……。」 絵里子がしゃくり上げる。 「わたし、もういやなんです。私のせいで誰かが死ぬのは……。私が誰かを不幸にするのは。」 絵里子の目から涙がこぼれ落ちた。 「曉一……暁さんを守って……」 絵里子はあの貝殻をぎゅっと握った。 「大丈夫だよ」 前を見て突然美佳が言った。 「えっ?」 「暁は大丈夫。あいつああ見えて体も丈夫で運も強いからさ、助かるよ」 美佳が缶コーヒーの缶を両手でもって手を温めながらいう。 「――あいつ今まで何回でっかな怪我したかわかんないけどさ。全部助かってんだよね。」 美佳は解顔して言った。 「小学生の時さ、あいつ行事で教室の飾り付けやってるときにさ、はしごから転落したんだよね。そん時手に持ってたハサミがあいつの腕に突き刺さってさ、もう腕からプシューってくらい血が噴き出したんだよ。」 美佳はその時の話を絵里子に話した。その日、暁たちは生徒だけで行事用の飾り付けを行っており、一大事に気づいたクラスメートの一人が先生を呼びに廊下を駆けていったが、その間にも暁の手からは血があふれ出していた。 「あいつ、危ないことでも平気でやるくせにさ、怪我するとワーってめちゃくちゃ大きな声で泣くんだよ。」 暁はその時もでっかな声で喚いたのだが、その時は出血が激しすぎて、暁の意識は薄れだんだん声が小さくなっていった。そのことに気づいた美佳たちは慌てた。ようやく先生がついたときには暁の意識はなかった。 「ま、結局病院に運ばれて輸血受けて助かったんだけどさ。あん時は正直アセったよ。」 美佳が缶コーヒーを飲み干した。 「あいつはさ、あいつ以外の家族全員が自動車事故で死んだときも助かった。」 「自動車事故……ですか?」 「うん。」 美佳はもう一度絵里子のほうを見た。 「だからさ、大丈夫だよ。あいつなら、きっと帰ってくる。」 絵里子もまだたくさん残っているコーヒーをすすった。 「あっ。」 絵里子の目は、「手術中」と書かれたランプが消えたのをとらえた。そして扉が開らくと、手術服を着た医者が一人出てきた。 「ギョーは? 手術は成功したんですか?」 「暁さんは助かったんですか?」 医者らしき人はマスクを取ると二人に説明した。 「銃弾は二発、両方とも取り除きました。銃弾は急所からは外れていて、内臓の損傷も大したことありませんでした。銃弾が一つ臓器の陰に隠れていて取り出すのに手間取りましたが、手術は成功しました。いやあ、ほんと強運な方ですよ。」 すると、手術室から眠ったままの暁が台に乗せられて運び出されてきた。 「ギョー!」 「暁さん」 「今は眠っていますが、じき、目を覚ますと思います。」 さっきの医者が説明した。 「ああ、よかった……」 美佳が目に涙をためながら呟いた。その様子を絵里子は横から見ていた。 ◆ ◆ ◆ 暁の傷の治癒は非常に順調で、あの事件から程なくして暁は退院することになった。暁の退院の日、暁の知り合いが一堂に集まった。 「なんか曉一が戻ってきたみたいですね」悦子さん。 「またそのうち一緒にカラオケ行こうぜ」金井。 「飲み会でられるくらい回復したか?」課長。 「家賃まだ払って貰ってないんだけど。」言法座。 「退院本当におめでとうございます。」最後は絵里子が歩み寄ってきて言った。 「――ほんとうに今回はご迷惑をおかけしました。」 「いや、大丈夫ですよこれくらい。何ともないって。」暁はすこし照れた。 「ほんとに治ったのかあ? そのノリじゃどっかおかしいんじゃないのか?」金井が訝しげな顔をする。 「んだと金井? 完璧に大丈夫だよ。ほら、いっちにいさんしっ!」暁はラジオ体操のまねをした。その時、 ゴスッ。美佳がエルボーを暁の横腹にくらわした。 「ゴフッ!痛っ! ――美佳てめえ、俺を退院させないつもりか!ツッコミも大概にしろよ。」 暁がいきり立って言う。しかし美佳はうつむき加減で何も言わなかった。 「美佳……?」 「全く無茶ばかりやって……何ともないわけないじゃない。あんたはいつもそうだよ」美佳は啜り上げた。それに気づいた暁は眉を落としながら頬笑んで言った。 「わるかったな、美佳。」 「ところで、どうして公一のやつが言っていたようにあなたと曉一さんはあの映画の日にファーストフード店に二人でいたんですか?」 暁は絵里子に聞いてみる。絵里子は頷くと話し始めた。 「あの日、ファストフード店で二人で食事したあの日、私たちは公一にあげるプレゼントを選びにデパートに行ってたんです。」 あのファーストフード店の日。 曉一と絵里子は誕生日を迎えた公一のためにプレゼントを買うためにそのデパートに来ていたのだった。映画を見に行こうとしたのは誕生日を祝うためでもあった。公一はそのことを二人には言わなかったが、曉一は公一の誕生日を覚えていたのである。二人は待ち合わせ場所で「なんだよ、あいつ今日見れねえんじゃん」と言った後、こう話していた。 「あいつなんか最近おかしいからさあ。廊下であっても目えそらしてたりするし。ちょっと元気づけてやらないといけねえと思うんだよね。」 曉一がそう提案したのだった。しかし、公一がそのことを知る術もなかった。 「公一は、曉一のそう言う優しいところを嫌ってました。だから公一には言えなかったんです。曉一が公一の心配をしてプレゼントを買おうとしたなんて。曉一は公一が私に告白したなんて知らなかったから、だからあの頃の公一の変化を心配してたんです。」 絵里子が話し終えると、そこに大築家の車が到着した。黒塗りの長い車だ。扉が開くと、麗空と孝義が降りてきた。 「皆さんごきげんうるわしゅう」バタンと車のドアを閉めた麗空が挨拶する。 「失礼いたす」孝義も頭を下げた。すると 「こんにちは、麗空さん、孝義さん」と絵里子が挨拶する。 「ほんと、今回は息子が大変な迷惑をおかけいたしまして、お詫びのしようもございません。」麗空が何度も頭を下げて詫びた。そしてぎらりと孝義をにらむと、 「ほら!あんたも謝るのよ」 孝義に促した。 「……暁さん、申し訳なかった。」 孝義はしょげ返って言った。 「――公一さんはどうしてらっしゃいますか」しばらく話した後、暁は二人に聞いた。 「公一は3日後に送検されることになりました。ほんと、今回はうちの馬鹿息子が――」そこまで頭を下げながら麗空が言ったところで、「いえ、」と暁は遮った。 「――公一さんは……、自分は寂しかったんだと言っていました。」 麗空さんはハッとして顔を上げた。 「自分は孤独だったんだと……そう言ってました。私も事故で家族を失って以来ずっと孤独でした。でも私は公一さんのようにはならなかった。きっとその違いは、周りの人を信頼して生きてこれたかにあると思います。孝義さん、麗空さん、公一さんにもっと自由に生きられるような環境をつくってあげてください。きっとそれが、信頼できる人を見つけるられるということにつながるのでしょうから。」 すると麗空も力なく 「はい。」 と頷いた。 そしてその場に、もう一台大築家の車が到着した。 「やあ、暁さん。」車から降りてきたのは村上だった。 「村上さん――」 「退院おめでとう。君、傷が完全に治ったら大築家で働く気はないかい? 君となら弓の勝負をしたら楽しそうだ。」 「いえ、それは……遠慮させていただきます。」 暁は辞謝した。 「はっはっは、冗談さ。君ぐらいの腕を持つ人がその技量をもてあましているのはもったいないと思ってね。大築家でなくてもいいさ。どっかでその腕を磨いてみたらいいよ。」 「ええ、今度大学のアーチェリーサークルのOBとして後輩に弓を教えるつもりです。」 「そうか、それはいい機会だね。」 「後輩に負けて、バカにされないようにね。」美佳がからかうと、 「なんだと?おまえ。」暁がいきり立つ。 「仲いいね。お二人はカップルかい?」村上がそう言うと、 「フンッ!」 暁と美佳はそれぞれ反対を向いてふてくされた。 「ああ……」絵里子が苦笑いした。 ### 三人は弓の勝負の後、曉一の墓を訪れた。悦子さんに墓の場所を教えてもらったのだ。悦子さんは一人になったということで、家に大量に置かれている遺品の整理をすることにした。せっかくと言うことなので清掃業者まで呼んで本格的にやることにした。今その荷物の運び出しをしている最中だ。悦子さんは業者とのやりとりで後から行くと言うことで、まず三人だけで曉一の墓に向かった。 墓があるのは曉一の実家の近くの寺だった。墓には「寅部家代々之墓」とだけ書いてある。 「ここ……か。曉一さんの墓は」 美佳が線香を手向ける。暁がひしゃくで墓に上から水をかけた。絵里子は目を閉じて手を合わせる。二人もそれに倣って手を合わせた。そのとき、墓場の道をバケツを持った人が歩いてきた。悦子さんだ。 「あ、悦子さん。こちらが曉一さんの恋人だった、絵里子さんです。」 暁は絵里子を紹介した。 「はじめまして、成宝絵里子です。」 絵里子はいつかのように頭を下げた。 「こちらこそ。もうあの世に行った後ではありますけれども、曉一も新しい知り合いができて、うれしく思っていることと思います。」 悦子は空を見上げて微笑んだ。 「そうそう。先ほど荷物を整理していたら、曉一のあなた宛の手紙が見つかりまして、まだ切手が貼ってなかったんですけど、読みますか?」 「え、マジですか!見たい見たい、絶対読ましてください!」 美佳が二人の影から身を乗り出して言った。 三人が悦子さんの家(曉一の実家)を訪れると、ちょうど清掃業者がリサイクル業者に、古紙を渡しているところだった。古紙というのは曉一が使った雑多な書類だ。悦子さんは三人を玄関まで入れると、置いておいた曉一の手紙を探した。 「最後の手紙、どんなことが書いてあるんだろ。」美佳がドキドキしながら言った。 「ええっと、確かここにテープでしばった紙の山を置いてて、その上に乗っけてたはずなんですけど、どこ行ったかしら。」 悦子さんが老眼鏡を外して探していると、それを聞いた清掃業者の人が外から呼びかけた。 「お客さん。そこの紙の山ならリサイクル業者に渡しましたよー。」 そしてその後ろの家が面している道路で、リサイクル業者のトラックが走り出した。 「ちょっと、待って、まってー!」 絵里子が家の外にとび出して走っていく車に呼びかけた。ブロロロロ……。しかしトラックの人には聞こえない。 絵里子は全速力で走り出した。 「絵里子さん!」 美佳と暁も家から飛び出す。 絵里子は叫びながら走った。 「曉一の手紙ー!!!曉一ー!」 シバがキャンキャン飛び跳ねながら吠える。 「美佳、これで追いかけんぞ」 暁が指さした。スクーターだ。 「悪い、ギョー。あたし絵里子さん乗せるから、あんた後から追いかけて!」 そういうと美佳はスクーターに乗って発進した。 「おい、俺はどうやって追いかけりゃいいんだよ!」 すると玄関から顔を出した悦子さんが言った。 「電話、借ります? タクシー呼びますよ」 そうか、タクシーか。 「すんません、せっかくですけど俺、ケータイ持ってるんで、それ使います。」 「タクシー、タクシーっと。」暁は携帯電話のボタンを素早く押した。「もしもしー?そちら縄文タクシーですか? 一台お願いしたいんですけど……」 絵里子はすぐにばててしまった。しかし後から追いついてきた美佳がすぐにスクーターに乗せ、二人は走っていった。そして道路が空いていたせいで意外に速かったトラックを、海辺が見える道路で捕捉した。 「さあ、行くわよ!」 美佳はあってはならない速度で追い越しして、トラックの人が乗っているところの横についた。幸い窓が開いていた。 「すみませーん。止まってください!」 「なんだいあんたたち」 トラックの運転手が答える。 「そのトラックに大事な荷物が混じってんですよ。それを取り出したいので止まってください!」 トラックの中から手紙を探し出す手間は並大抵のことではなかった。後から何とか追いついた暁も合わせた三人は、ヒイヒイやってやっと目的の手紙を見つけ出した。そして、海辺を前にして、絵里子は手紙の封を開けた。 ### 絵里子へ この前は手紙ありがとう。 絵里子はいろいろと趣味を増やしてるみたいだね。そのうち俺もおまえが趣味に精出してるところを見に行くから、それまでに頑張って俺が思いもつかないようなことができるようになってて俺を驚かせてくれ。 植林活動の方だけど、今度募金が集まって苗木を手に入れたから、上矢山に植林するめどがやっとついた。こんどおまえも一緒に来てくれよ。仲間のみんなも待ってるから。 そのうちもっと頻繁に会って話せるようになったらいいけど、今はしょうがないかな。 最後に大事な言葉を一つ――書こうと思ったんだけど、こういうことは直接言った方がいいから、また今度会えるときにするね。 曉一 PS:ゴルフ場の建設計画について交渉しようと思って、明日公一と話をすることにした。場所はいつもの海岸でってことになった。俺は絶対あいつを説得して山を、海を守る。あのウミホタルの光りを俺は忘れない。じゃあ、またそのうち会おうな。 ### 「大事なことって……?」美佳が言った。 「結局最後まで謎が残っちゃったな。」暁が呟く。 「もう、何でこんな大事なときに、ちゃんと書かないのよ――」絵里子は手で涙をぬぐった。 「ほんと、大事な言葉ってなによ――。」 手紙はこぼれ落ちた涙で濡れた。涙目で手紙を裏返した絵里子は、そこにボールペンのにじんだ字でこう書いてあったのを見つけた。 「絵里子、君とずっと一緒にいたい。だから、一緒になろう」 ◆ ◆ ◆ その後、絵里子と公一の婚約話は取り消しになった。 また、曉一の死についてあらたな事実が明らかになった。あのアイス売りのじいさんの奥さんが、曉一が砂浜で倒れていたであろう時間に、それが見えるはずの位置に公一が立っていた所を目撃していたのだ。その奥さん自身からは曉一は見えなかったため、曉一の存在ににその人は気づかなかったが。以前暁と美佳が曉一が死んだ崖の現場に行ったときに遠くで見えた男は、やはり公一だった。そして、あの事件のあと警察に引っ張られた公一は、すべてを洗いざらい話した。 今回の出来事の後、暁の生活に対する積極性が増した。 「よう、金井!今日もいい天気だな。昼休み一緒に運動場でフットボールしねえか?」 「ああ、いいけど……、珍しいな、おまえから誘うなんて。おまえ毒キノコでも食ったのか?」 暁の会社での表情は前と比べて格段に明るくなった。声も大きく話すようになり、同僚達はそんな暁を訝しがった。中には「彼女ができた」とか「宝くじが当たったらしい」とかどこからともなく変な噂まで立つようになった。 「暁、今日という今日は飲み会出席してもらうぞ」 課長がまた、業務命令を振りかざすと、 「ああ、今日は顔出しますよ。ついでにカラオケも歌わせてもらいます。」 「……、ほんとに毒キノコ食ったか。悪いが、今日は飲み会だけでカラオケはないがな。」 「おっしいなあ、『津軽海峡冬景色』、おまえにも聴いて欲しかったなあ。」 金井が悔しがる。 「……いや、それはいい。」 「ほんと、どうしたのかしらねぇ」 暁は近所の人や仕事の仲間など周りの人とも積極的に関わるようになり、仕事にも打ち込み、周囲からは驚かれた。 「なんでそんなにやる気が出るようになったわけ?」 言葉には出さないものの暁の中ではこんな考えがまとまってきていた。 (写真がジャストで撮らなければいけないように、ソフトウェア開発も使いやすさにジャストしなければいけないんだ。求めるべきは使いやすさそのものであって、どんな方法やインタフェースを使うか制限することじゃない。」 「ギョー!絵里子さんから荷物が届いたよ!」 後日、絵里子から暁の所に宅配便が届いた。今度は宛先に正確に暁の名前が記されていた。そしてその荷物はまたしても開封されていた。その荷物には、感謝の念が書かれた手紙とともにシュークリームが入っていた。もちろんシュークリームのうち一部は美佳によって食べられていたのだが。 「やっとあんたにも春が来たのかな?」 美佳がシュークリームで頬をふくらませながら言った。 「いや、俺には真似できないよ。曉一さんみたいに死に際にあんなに人のことを思うなんて。」 暁は絵里子からの手紙を手にとった。そしてその中から写真を撮りだして、口をあんぐりと開けた。 「なんだこりゃ!」 「ああ、そうそう。絵里子さんエレキギターはじめたんだってさ。大学の後輩とバンド組んで。」 写真にはノリノリでエレキを弾く絵里子の姿が写っていた。 「ええ? ちょっと意外だな。」 ふぅと息をつくと、暁は言った。 「俺も、なんか頑張ってみっかな。」 「あんたが頑張ろうなんていうなんて、今日はこれから台風が来るかな。」 「心配いらない。『今日と明日は日本全国は高気圧に覆われるでしょう――』」 美佳はぽかんとした顔をした。 「ん、なんだよ。俺の顔になんかついてるか?」 「い、いや、なんでもないよ。」 暁は外に広がる青空をながめていた。その日は、外には陽気に満ちあふれていて、人々は笑顔を交わしながら道を歩いていた。ほんとの夏も、もうすぐだ。そして美佳はそんな暁を見て「ギョーの心にもようやく春がやってきたのかな」とフッとわらうのだった。■(完) ### (c) whitecaps 2007-2008 Some Rights Reserved. ### ・あとがき 「……すっきりしないなあ。」 と言うのが今回の誤送2を書いての感想です。「書いて」じゃなくて「書き上げて」という風に記したいところですが、誤送2Betaはまだ納得いかないところがたくさんあるので「書き上げて」とは記せないのです。 誤送シリーズは去年の5月頃から書きためてきた小説です。最初は短編小説のつもりだったのが中編小説となり、現在は長編と格付けを改めるべきじゃないかと思うほど長い文章を持った小説となりました。『誤送されてきた手紙』は学校の文化祭で作った冊子にも載せた作品ですが、当時から持っていた「まだ完成じゃないな」という気持ちは、今もまだ残っています。 学校の先生には、「曉一はほんとは死んでないんですよ」と言いましたが、結局誤送2を書くにあたって「やっぱ曉一が生き返ったらまずいよな」と言うことになり、一度書いた曉一生存説も放棄することになりました。 代わりに曉一からの最後の手紙で一言添えることとしました。この言葉も一度頭の中でいい言葉が思いついた気がしたのですが、わずかの時間のうちに忘れてしまい、現在の言葉はなんかしっくりこないことになってしまいました。 コラム『オープンソースは魔法の粉ではない』でオープンソース的アプローチの実際上の問題点について記しましたが、私はその結論に逆らって、この小説をクリエイティブ・コモンズライセンス(表示)で公開するつもりです。もう、なんとでもしろって感じなのです。 今回公開用のソースを作るために様々なところで必要になるだろう記述を省略して書きました。まだやり残したシナリオに、暁が病院で意識を回復する場面があります。いいストーリーが思いつかなかったのでここも執筆していないのです。 作中で特にあまりにも公一が惨めな性格に描かれているので、もっと公一のことを大築家をしょって立つという責任に対する覚悟を持った人物(「大築家ではたくさんの人が働いている。僕はその人たちの生活を守らなければならない」的な)として描ければよかったのにと思っています。 それらが誤送2の正式版として実装(?)されるのか、「誤送3」があるのか、それはまだ私にもわかりません。何より長編小説はシナリオを維持管理するのが難しいので……。手間がかかりますし自分で既にシナリオがどうなっているのかわからなくなってきています。 今回の誤送2にはパクり問題があると思います。この誤送2は私がハマったもしくはハマっているアニメ作品から大きな影響を受けています。知らず知らずのうちにそれらの作品の要素が誤送2に混じっているのです。とくに明確なパクりにトキカケのセリフがあるのは文中で記したとおりです。 文中では、場面の切り替わり、擬音語を多用しました。これもアニメの影響でしょう。もしスタンダードな小説の書き方をするのであれば、これらは修正されるべき物かもしれません。場面の切り替わりは、実際のアニメで言えば絵が切り替わるので視聴者もわかりますが、小説では文面でそれを行わなければいけないので、あまり有効ではないからです。 この誤送シリーズを読んでくださった知り合いなどには「名前が似ていて混同しやすい」と指摘を受けました。つまり、「暁」「曉一」「公一」です。私の中ではキャラが確立されていて、間違うことはないのですが、それは私が作者だからであって、はじめて読んだ人には混同しやすいのかもしれません。当初は似ている名前にする予定の無かった「公一」はあとになって変えてみようかとも思ったのですが、曉一とライバルであるという意味も含めて、この名前のままで通そうかとも思っています。 正直言ってこの小説はあまり面白いものではありません。期待して読んだ人はつまらないとがっかりしたかもしれません。私にはまだどう書けばストーリーが面白くなるかがわからないのでうまくかけないのです。しかしここまでストーリーが長くつながった小説は今まで無かったので、惜しい気があってここまでメンテナンスしてきました。 この文中で使った哲学もよくわかりません。私はとにかく読んで面白い作品を作ろうと思って書いたので、哲学的な部分は二の次にして書いたのですが、最近メッセージ性のない作品は面白くしようと思っても面白くならないのではないかと思うようになってきました。なのでもしこれからもこの誤送を書きつないでいくのならば、本当に実のあるメッセージを提示したいと思います。 皆さんがこの作品を読んでちょっとでも笑えたならば、それが励みです。 ■(2008.6.8)